- 発行日 :
- 自治体名 : 福井県坂井市
- 広報紙名 : 広報さかい 2026年1月号
■時を超えて伝わる街道の賑わい
現在、私たちは主要な陸路を使って国内を自由に移動することができます。江戸時代には、幕府によって本格的に全国の街道が整備され、一里塚(いちりづか)(約4キロメートルごとに道標として築かれた塚)なども設けられました。そのため、人々の往来がそれまで以上に活発になり、各地に宿場ができました。
北陸街道でも、細呂木や金津(現あわら市)、舟寄、長崎(現丸岡町内)などに、人や荷物を運ぶ馬が交代する拠点となる宿駅(しゅくえき)が設けられました。そこには、旅人や宿、商店などが集まり、宿場が繁栄しました。舟寄は、北陸街道の中でも旅人が立ち寄る宿場として大変賑わっていた場所の一つと言われています。
舟寄が特に賑わったのは、旧盆の8月です。この日には盆踊りが行われ、地元の人だけでなく、宿場に泊まっていた旅人らも、大通りいっぱいに輪を作って踊ったと伝わっています。
この踊りは「舟寄踊」と呼ばれ、太鼓や三味線の音に合わせて、唄の文句を掛け合い、下駄を鳴らして踊るのが特徴です。元亀(げんき)元年(1570)、朝倉義景(あさくらよしかげ)の家臣・黒坂備中守(くろさかびっちゅうのかみ)が織田信長との戦い(姉川(あねがわ)の合戦(かっせん))に出陣する際、領民である舟寄の人々が武運長久を祈り踊ったのが始まりとされています。
かつては、街道で踊られていましたが、現在は高椋西部コミュニティセンターで行われ、櫓(やぐら)を囲んで踊ります。音頭に合わせて片方の手足を上下同時に動かす独特の踊りは、慣れるまで少し時間がかかりますが、地域の皆さんと一緒に踊る時間は一体感があり、とても楽しいものです。
現在でも舟寄踊には地域外の人も参加しており、地域の人たちと一緒に踊る様子は、大いに賑わった当時の宿場を思わせます。毎年8月15日、変わらず受け継がれる舟寄踊にぜひ参加してみてください。
問合せ:文化課
【電話】50-3164
