文化 ふるさと昔 よもやま話 (165)

■衰退の一方で進む方言活用
私が初めて美浜町を訪れたのは、大学院生時代の1977年のことでした。22年後の1999年からは、『わかさ美浜町誌美浜の文化第五巻語る・歌う』(2003年3月刊)のための方言調査を担当し、第1・2章を執筆しました。
昨年9月6日には、町歴史文化館での令和7年度「みはま歴文講座」第1回の講師として20数年ぶりに美浜町に伺い「嶺南方言の中の美浜町方言」のテーマでお話をしました。講座では、福井県方言の成立事情、嶺南方言と嶺北方言の共通点・相違点、嶺南方言の地域差成立の背景と嶺南地方の中の美浜町方言等について、かつて高年層の方たちを対象に若狭地方全域で実施した方言調査の結果を基に、嶺南方言、美浜町方言の特徴を紹介しましたが、残念ながら、当時高年層の皆さんから聞いた方言語彙(ごい)の多くは衰退しています。
方言の衰退は、嶺南地方に限らず全国的にも進んでいますが、方言の衰退が速い嶺北地方に比べて、方言区画を異にし、かつての中央語・京言葉の影響をより強く受けてきた嶺南地方は今、近畿方言的特徴を残しつつも、共通語化と新たな近畿方言化の2つの流れの中にいます。
1960年代のテレビの普及によって共通語化が進み始めると、方言衰退の危機感とともに1980年頃から方言の見直しが始まり、1990年代以後その動きはさらに本格化して現在に至ります。そして、生活語としての方言が衰退に向かう一方で、地域性のシンボルとしての方言の価値に注目した方言活用が全国的に見られるようになりました。写真は、歴文講座の日に道の駅若狭美浜はまびよりで見つけた方言景観「ええとこやろ美浜」です。新幹線の敦賀延伸を控えた4年前から、県文化課の方言発信事業がスタートし、私も当初から助言・監修等していて、嶺北では方言看板、方言キャッチコピー、方言ネーミング、方言グッズ等の方言活用が増えつつあります。嶺南ではまだまだ少ないのですが、敦賀駅前の施設名「otta(オッタ)」や駅交流施設名「ORUPARK(オルパーク)」、道の駅若狭おばまの観光地図看板の「おいでやす!」、若狭高浜駅に隣接する高浜市場の名称「きなーれ」等の方言活用例が見られます。観光客目当てだけでなく、地元の人の方言見直しのためにも、嶺南でも今後さらにさまざまな方言活用が増えていくことを期待しているところです。
(金沢大学名誉教授 加藤和夫)

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