文化 おらが村の足跡(127)

■阿久遺跡の50年(5)
今回ご紹介するのは、中央道建設による発掘調査を終えたのちの阿久遺跡。保存問題が決着した昭和53(1978)年、史跡指定を見据えた「第4次発掘調査」、並行して範囲確認や村道改良に伴う「第5次・第6次発掘調査」が立て続けに行われました。

◯国史跡の指定
これらの調査により遺跡の範囲を確定した阿久は、翌年の昭和54(1979)年7月2日、55,940・97平方メートルが国史跡として指定されます。ほぼ縄文時代前期を通しての生活の場であり、居住域から大祭祀場へと変遷していった過程と、前期の墓制や祭式など、社会・精神構造を知ることができる全国的にも例を見ない遺跡として、当時の報告書には「…真夏の猛暑と土煙の中の大変な調査であった」としながらも、「今度はこの阿久を永久に子孫に伝えるため…」「それぞれ“名誉と誇りを信じて(宮坂副団長の言葉『裾野』7号)”調査に取組んだのではなかっただろうか…」等々、阿久への思いが各所に伺えます。

◯平成の発掘調査
その後阿久は平成7(1995)年の圃場整備に伴う範囲確認調査(第7次発掘調査)をはじめ、同年の鉄塔の建替え工事(第8次)、平成11・12(1999・2000)年には圃場整備と河川改修(第9次・10次)、平成13(2001)年の村道改良(第11次)など、様々な開発事業により発掘調査が行われ、同時に新たな発見も数多くありました。特に史跡指定範囲を囲む外縁部の調査となった第9次調査では、縄文の住居址5軒の他、全くイメージのなかった平安の住居址22軒が発見され、村内でも有数の平安集落として注目されます。
50年間、11次に及ぶ発掘調査が行われた阿久遺跡は、3年後の令和11年(2029年)に国史跡指定50周年を迎えます。阿久を繋いできた人々の歴史もまた、欠くことのできないその一部です。ご紹介した遺跡の出土品を役場1階ロビーに展示しておりますので、お越しの際はご覧ください。

問合せ:生涯学習課 文化財係
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