- 発行日 :
- 自治体名 : 長野県木曽町
- 広報紙名 : 広報きそまち 令和8年1月9日号
◆第十回 整備委員会と発掘調査
木曽町を代表する文化財「史跡福島関跡(ふくしまのせきあと)」には、どのような価値があるのか。
この先どのように保存・活用していくのか─本年完成した整備基本計画をもとに、連載でお伝えします。
令和6年夏、木曽町は史跡整備委員会の指導に基づき、第4次となる発掘調査を実施し、「整備基本計画」の策定に必要となる情報の収集を継続しました。
この調査では、現地に正確な遺構表示(発掘結果を地上で把握できるようにする整備)を施すため、先行調査で検出された遺構の位置関係を再度調査・測量するとともに、平成20年(2008)に暴風で倒壊した「復元東門」の再建を目指し、江戸時代の東門とそれに連なっていた木柵がどこに存在したのかを特定することに注力しました。これらは、国史跡において整備を行ううえで欠かすことのできない根拠となるものです。
さらに、文献史料の調査もあわせて実施しました。その結果、黒沢村(現在の三岳地域)の旧家に伝わった天明6年(1786)の文書中に、東門修理用材の樹種、寸法、数量のほか、「柱根鎺(はしらねはばき)」「土入十文字木(つちいれじゅうもんじぎ)」といった記載が見つかり、少なくとも天明の修理時は、地下構造を有する門であったことを明らかにすることができました。
このような文献史料の情報も踏まえつつ、東門の推定位置周辺に調査溝(トレンチ)を3箇所設定して発掘を行いましたが、残念ながら今回の調査では東門の位置特定につながる遺構は検出されませんでした。ただし、先行調査で確認されていた推定中山道路面を再確認したほか、江戸期の面と考えられる硬質面を新たに確認することができました。
次回は、こうした結果をどう受け止め、どのような史跡整備を目指すこととなったのかをお伝えします。
・第4次発掘調査報告書はこちら(本紙二次元コードよりご覧ください。)
