文化 未来に繋(つな)ぐ みのかもの70年 第22回
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- 発行日 :
- 自治体名 : 岐阜県美濃加茂市
- 広報紙名 : 広報minokamo 令和8年2月号
■市の方向性を決めた加茂郡域の市町村合併計画
平成時代に入り、政府は中央集権的な行政の在り方を見直し、国から地方へ権限や財源を移す「地方分権」を主導していきます。これに伴い、市町村の規模や能力の充実、財政基盤の整備が急務となりました。また、人口減少や生活圏の拡大といった社会情勢も背景としながら、力強く押し進められたのが自治体の合併です。岐阜県でも10年あまりで市町村数が半減したというこの「平成の大合併」では、当市においても紆余(うよ)曲折がありました。
美濃加茂市と加茂郡域における合併計画は、当初は可児市・可児郡も含めた大規模な構想で出発しましたが、2002年5月に白紙となります。その後、益田郡金山町(現・下呂市)を含めた案も提案されましたが実現には至らず、2003年2月に加茂郡7町村が美濃加茂市に編入する形で合意に落ち着きます。任意合併協議会を経て、翌4月には法定合併協議会が設置され、2004年度末の合併を目指して本格的な協議が進められていきました。
美濃加茂市では準備のため2002年7月に市町村合併対策室を発足させます。協議を進めていく上で特に尊重されたのが、合併という重要な選択について絶えず市民の理解を図り、声を聞くことでした。議会は傍聴可能とし、「議会だより」やホームページ、広報紙の中で現状の動きを広く周知させました。合併を目前にした2004年11月、協議が最終段階を迎えたところで、改めて市民の意向を再調査することにしました。その調査の結果、反対の声が賛成を大きく上回り、最終的に合併の話は立ち消えとなるのです。
2003年6月の美濃加茂市と加茂郡域を対象にした調査では、市民が合併後の「住民負担の増加」や「行政サービス水準の低下」に特に不安を抱いていたことが明らかになり(表1)、それらが意向調査に反映されたと思われます。当時は市の未来を決める上でまさに時代の節目にあり、さまざまな思いの中で現在の形が選び取られたのです。
◆[Pick Up]みのかも定住自立圏構想
合併の実現には至らなかったものの、その後も周辺地域との連携が模索されています。その一つの「定住自立圏構想」は市町村合併とは異なり、自治体ごとの一対一の協定の積み重ねで、圏域をつくり上げていくものです。美濃加茂市は2009年3月に中部地方初の「中心市宣言」を行い、坂祝町を先駆けに加茂郡の各町村と協定を結びました。以後も市域を超えた活動を通し、地域への定住化と活性化を目指した魅力ある都市づくりが行われています。
問合せ:みのかも文化の森/美濃加茂市民ミュージアム
【電話】28-1110
