くらし 祝100周年! みんなで祝う町のシンボル

【100th Anniversary 白川橋×白川口駅】

大正15年3月。地域の人々の夢を乗せて、高山本線の開通とともに「白川口駅」と「白川橋」は誕生しました。以来、この場所で一世紀にわたり町の交通を支え、多くの出会いと別れを見守り続けてきました。
令和8年3月、共に100周年という大きな節目を迎えます。今月号では、私たちの町の歩みを支えてきた、二つのシンボルの100年を振り返ります。

■白川橋のあゆみ
▼大正15年
・白川橋が架橋〔PICKUP.1〕
・鋼トラス構造は当時全国的にも珍しく、技術的にもデザイン的にも貴重な橋〔PICKUP.2〕
▼昭和35年
・飛泉橋の完成に伴い、歩行者と二輪車の通行に限定される
▼昭和53年
・木床版から鋼デッキプレートとコンクリートの合成床版に改築
▼昭和63年
・維持管理が岐阜県から白川町へ移管される
▼平成2年
・イメージアップのため、ライトアップをスタート
▼平成18年
・歴史的施設としての高い価値に照らして土木学会選奨土木遺産に認定〔PICKUP.3〕
▼平成25年
・国の登録有形文化財(建造物)として登録 PICKUP.3
▼令和8年
・架橋100周年を迎え、ライトアップ設備をLED化

〔PICKUP.1〕白川橋開通!
建設当初、床板には木材が用いられ、人や馬車が絶え間なく行き来していました。昭和に入ると自動車の普及が進み、白川橋は物流や交通の要として、町民の生活を支える重要な存在となりました。昭和20年代には周辺に温泉旅館が立ち並び、白川口駅で下車して橋を渡る多くの観光客で、町は大きな賑わいを見せました。

〔PICKUP.2〕圧巻のトラス構造
吊り橋特有のしなやかさと、補剛トラスの強靭な機能美を両立させた構造こそが、白川橋の真髄です。大正期の高度なリベット技術が刻む幾何学模様は、100年の時を経た今もなお、飛騨川の景観に美しく溶け込む「鋼鉄の芸術品」といえます。

〔PICKUP.3〕土木遺産・国登録有形文化財に認定
「土木学会選奨土木遺産」と「国登録有形文化財」、二つの顔を持つ白川橋。国内でも希少な大正生まれの鋼製吊橋で、その美しさは折り紙付きです。かつては駅と温泉街をつなぎ、今はみんなの想いで守られる町のシンボル。100年前の職人技と私たちの愛着が詰まった、世界に誇れる宝物です。

■詳細
○上部構造
橋長115.0m、全幅員4.0m、有効幅員3.4m、支間割3径間(20.3+74.4+20.3m)主塔高さ9.68m

○上部工型式
鋼トラス補剛吊橋、鋼トラス主塔(鋼塔の下路式2ヒンジ鋼補剛トラス吊橋)

○下部構造
橋台:表面切石積(基礎背面重力式コンクリート)高さ左岸7.3m右岸7.4m
橋脚:2本円錐台柱門型高さ12.5m(鉄筋コンクリート構造

■白川口駅のあゆみ
▼大正15年
白川口駅が開駅
▼昭和33年
駅内に売店が完成。
鉄道弘済会の経営で、お菓子やお土産、新聞などを販売
▼昭和36年
準急ひだ号の白川口駅停車が実現し、交通の利便性が一層高まる
▼昭和39年
跨線橋が完成し、駅構内での危険解消に役立つ
白川口駅乗降人員のピーク時は1日あたり約1,140人
▼昭和46年
駅内ホームで、白川茶の宣伝を兼ねて新茶サービスを行う
▼平成24年
JRからの業務委託を受け、町が乗車券類の発売業務を始める
▼令和8年
開駅100周年を迎える

詳細:木造平屋建・間口九間・奥行三間・附属建物として倉庫二棟

■町民の方にインタビュー
▼あの頃の橋、駅。
○西野健二さん
#世界一白川橋を撮ってる男
河岐神社の隣にあったそろばん塾の帰りに、友達と白川橋を渡って一力屋(丹羽新聞店)さんに通った時間は、今も大切な思い出です。高校時代の通学で利用した白川口駅には、当時はキヨスクもありました。大人になってからは、改めて白川橋の美しさに惹かれて写真を撮ったり、「ちーオシ」の活動で橋をモチーフにしたオブジェを制作したり。また、橋を盛り上げるために発行した「御橋印」も、非常に印象深い活動の一つです。子どもの頃から今にいたるまで、この橋はいつも私の身近にあります。

○浅井慶子さん
私にとっての白川橋は、高校時代、毎朝電車の時間に間に合うよう、なりふり構わずダッシュで駆け抜けた青春の舞台です。でも、帰りの電車からライトアップされた橋が見えてくると、不思議と心が穏やかになり「帰ってきた」と実感できました。かつて駅にあった売店の佇まいや、高校の友人たちが「駅前のかつ丼を食べたい!」とわざわざ電車に乗って遊びに来てくれた賑やかな一日は、今も色あせない大切な思い出です。

○丹羽れいさん
飛泉橋ができる前の白川橋は、車も通るし、床も木製でガタガタ大きな音がしとったんです。大きなバスが道幅いっぱいに通るときは「落ちんかな」って心配したほど。橋の近くで商店をやっておったもんで、子どもたちが橋を渡って買いに来てくれたことが、今では懐かしい思い出。当時、仕事で岐阜の郵便局へ向かう際は、毎朝6時の電車で白川口駅を利用していました。

▼みんなの思い出話
○山口智哉さん
高校時代の白川口駅は、中学の友達とばったり会ってお喋りしながら帰れる楽しい場所でした。その時々の時間帯で会えるメンバーが変わるのも、毎日の楽しみだったなと思います。アルバイトで帰りが遅くなった夜、暗闇の中にライトアップされた白川橋が見えてくると、「白川に帰ってきたんだな」とホッとしたものです。あの時ふと感じた景色の美しさは、今も大切な思い出として心に残っています。

○鈴村羽菜さん
修学旅行の朝、集合場所の白川口駅に向かってワクワクしながら白川橋を渡ったのが、今でもすごく印象に残っています。進学してからは、バラバラの学校に通う友達と駅でばったり会って、一緒にこの橋を渡りながらおしゃべりできる時間が本当に嬉しいです!朝の駅周辺は送迎の車で渋滞するので、橋の手前で降ろしてもらって、歩いて駅まで行ったりもしていました。白川口駅は駅員さんがいて切符も買えるので、子どもの頃からずっと身近で安心できる場所です。駅員さんの優しい対応も大好き。最近はデジタルサイネージで町の情報がすぐチェックできるようになったのも、すごく便利でいいなと思っています。