- 発行日 :
- 自治体名 : 愛知県小牧市
- 広報紙名 : 広報こまき 令和8年2月号
市民レポーターの皆さんが、市内のさまざまな場所に出かけて、市民ならではの視点から小牧の魅力や身近な話題について取材した様子を、毎月紹介していくコーナーです!
■REPORT 269
◆小牧・長久手の戦いと秀吉軍の砦を学ぶ!
今年1月から放送されている大河ドラマ「豊臣兄弟!」にちなみ、今回は「小牧・長久手の戦い」で秀吉軍が築いた砦跡を紹介します。小牧山城だけではなく、小牧が歴史上、とても重要な場所であったことを学ぶ、再認識するきっかけになれば、と思っています。
小牧・長久手の戦いでは、1584年3月に家康は小牧山に、秀吉は楽田城へ到着します。4月に入り、秀吉軍が姥ケ懐(現在の小牧高校と市民会館の間と考えられる)へ来襲。また、家康軍は二重堀を奇襲したと記録に残っていて、市内ではこの2つの小競り合いがあったのみで、両軍が砦や土塁などを造り、互いの出方を窺(うかが)っていたため、大きな戦はありませんでした。
「小牧・長久手の戦い」の中では、白山林の戦い(尾張旭市)、桧ヶ根の戦い(長久手市周辺の丘陵地)、長久手の戦い(長久手市)などが良く知られています。6月に入り、秀吉も家康も小牧を去り、その後にも各地で合戦が行われましたが、11月になって、羽柴秀長により織田信雄・徳川家康と羽柴秀吉との和睦に至り、「小牧・長久手の戦い」は終焉を迎えました。羽柴秀長がどのような戦いに挑んだか、指揮官としてどんな指示をしたのかという記録はありませんが、きっと小牧にいて、秀吉の側近として活躍したことでしょう。
▽外久保砦
西友・味岡店の交差点を北に向かうと、熊野神社に突き当たります。この神社の一帯が砦の位置と考えられていて、丹羽長秀が3千の兵で守ったと言われています。長久手の戦いの後、秀吉自らが本陣の楽田城からこの砦に進出して、全軍を指揮したと伝えられることから久保山は「太閤山」とも呼ばれているそうです。
熊野神社境内の北西奥に久保山の山中へ続く上り坂の小道があり、30メートルほど進むと開けた場所に出ます。その奥に「久保山砦跡」と刻まれた石碑があります。
▽小松寺山砦
味岡中学校北交差点を北に向かい、途中東へ折れると、愛藤山小松寺に着きます。寺に隣接する八所社・熊野社合殿脇に石碑と案内板が建っています。
小松寺には2つの砦があり、西砦は現在の小松寺あたりに東西15メートル、南北18メートル、東砦は旧小松寺山一帯で18メートル四方という規模だったと言われています。三好秀次、丹羽長秀が8千の兵を率いていたそうです。秀吉軍の主陣地で、長久手での敗戦の報告もこの小松寺山砦で受けたと言われています。
小松寺には戦いのゆかりの武将たちー池田恒興や森長可ーが残した古文書などが保管されています。
▽岩崎山砦
岩崎山南西端の入り口付近に「岩崎山砦跡」と記された石碑と案内板があります。
規模などは不明ですが、稲葉一鉄・貞通父子が4千の兵と共に守りについていました。岩崎山の標高は54・9メートル。山頂にある熊野社からは南西に小牧山がくっきり見えます。
秀吉はここから二重堀砦まで1日で土塁を築いたと言われています。
▽田中砦
小牧原の交差点を東に向かうと、三ツ山古墳があります。そこに築かれたのが田中砦で、現在は、土塁などの痕跡は残されていません。三ツ山会館の駐車場に石碑はあります。
小牧山から近い場所で、堀秀政、細川忠興、加藤光泰などの武将が1万余りの兵と共に守っていました。
岩崎山の南麓茶屋前から田中砦、二重堀砦に至る2キロの土塁をわずか1日で築いたと言われています。
▽二重堀砦
二重堀集落の北端・民家に隣接する場所に建っている二重堀砦。秀吉軍の最前線として、東西99メートル、南北72メートル、土塁の高さは1・5メートルの規模だと言われています。
1584年4月5日、家康軍の奇襲により多数の死傷者が出ました。日根野弘就、盛就兄弟が約2千の兵を率いていました。
▽姥ケ懐古戦場跡
秀吉軍が兵を出した地で、小牧高校と市民会館の間が古戦場と考えられています。市内で秀吉軍と家康軍が戦った場所の1つです。石碑は、小さく、判別も難しいほど風化しています。小牧高校北東の用水路にかかる橋の北側の畑脇に電柱と並んで建っています。
▽三英傑と小牧
信長、家康の話題が多い小牧ですが、このように秀吉も多くの足跡を、残しています。小牧における三英傑の歴史を、ドラマを機会に学んでみてはいかがでしょうか。
◆もっと詳しく知りたい人は…
「小牧・長久手の戦い」での両軍の砦や土塁などについては文化財図書の中の「小牧の文化財第二十集小牧の歴史」や、「小牧・長久手の合戦ガイドマップ」などに詳しく紹介されています。
◆編集後記 みくる
最近は、小牧と言えば織田信長というイメージだったのですが、秀吉の足跡を巡り、小牧ってすごい場所だなぁと感じました。また、久保山や岩崎山から小牧山を見て、当時は本当に互いの動きが分かるような距離感だったのだろうと思うと、戦国武将の緊張感が伝わるようでした。こんな素晴らしい小牧をもっと全国にPRしたい気分になりました。
◇今回の取材先
市文化財課
住所:堀の内3-1(本庁舎3階)
連絡先:76-1189
