子育て 教育の広場

■広島研修
◆平和をつくるために
弥富北中学校 林田光樹(はやしだみつき)

【広島を訪れて】
私たちは、広島研修で平和記念公園を訪れました。平和記念公園には「平和の軸線」と呼ばれる景観軸があり、公園南端が東西に延びる平和通りと直交し、それに沿って「平和記念資料館本館」「原爆死没者慰霊碑」「原爆ドーム」が一直線上に並んでいます。ここには、「平和は与えられるものではなく創り出すもの」という、建築家丹下健三さん(平和記念公園を設計した建築家)の強い思いが込められていることを知りました。
また、公園内にある「平和の鐘」の表面には、「世界はひとつ」であることを象徴する、国境線のない世界地図が描かれています。この鐘を製作した人間国宝の香取正彦さんは、この鐘の音が気に入らず作り直したそうです。

【広島研修を終えて】
私は、広島研修でさまざまな建造物や展示品を見たりガイドさんの話を聞いたりして、広島で起きたことの大きさや、「ここに原爆が落とされた」という現実を改めて理解することができました。事前学習では学べなかったことを、広島に来て実際に見て学ぶことができ、本物に触れることの大切さを感じました。原爆ドームを残すという判断をした当時の広島市民や平和の建造物を作った人々の思いを知って、私たちも平和な未来を作り上げるために「考えること」が大切だと思いました。

◆平和を学ぶ
弥富北中学校 板谷杏菜(いたやあんな)

【原爆に苦しむ人々ー壊された日常】
原爆が落ちた瞬間、「ピカッ」という光の後、「ドンッ」と秒速440メートルの爆風が広島を襲った。近くにいた人は、大やけどを負い、そのほとんどが即死か数日のうちに亡くなった。また爆心地から半径2キロまでの地域では、爆風により、ほとんどのものが飛ばされた。爆風に飛ばされ即死した人、建物の下敷きになった人、火災に巻き込まれた人…。原爆は一瞬にして多くの命を奪っていった。また、その後も放射線による健康被害が生じ、今もまだ苦しんでいる人がいる。
このように原爆によって命を落とした人、苦しんだ人、奪われた人、そして今も辛い思いをしている人がいる。平和な世に生まれたからこそ、私たちは「戦争」について学ばなければならない。二度とこのようなことを繰り返さないために、私たちは平和を諦めてはいけないのだ。

【広島研修で学んだこと】
戦争について深く知ることができた時間だった。これまでも授業で戦争や原爆について学ぶことはあったが、自分の中ではあまり想像できず、どこか他人事のように感じていた。しかし、実際に広島に行き、戦争の被害を受けた建物や当時の写真、小物などの展示品を見て、「本当に戦争があったのだ」と実感した。残酷な過去があって、今の平和があることを知った。この平和を守り続けることが私たちのするべきことだと感じた。広島研修は、とても貴重な体験の機会となったと思う。