- 発行日 :
- 自治体名 : 三重県四日市市
- 広報紙名 : 広報よっかいち 10月上旬号NO.1678
■足利将軍の家臣矢田監物(けんもつ)が遺(のこ)したもの
戦国時代、12代将軍・足利義晴(よしはる)(1511〜1550年)に仕えていた矢田監物は、丹波国(たんばのくに)(現在の京都府と兵庫県の一部)から小山田の地に移り住み、山田城を築きました。子孫は代々「監物」を名乗ったと伝えられることから、監物が誉れ高き人物としてこの地に根差していたことが推測されます。後に監物は主君義晴の菩提(ぼだい)を弔うため、今は無き万松寺(ばんしょうじ)を建立したとされています。
天正18(1590)年、「小田原の陣」で監物は北条氏との戦いで戦死しましたが、家臣の子孫により墓碑が安性寺(あんしょうじ)(山田町)に建てられました。
この寺には、かつて万松寺の本尊であったといわれる「十一面観音菩薩立像(じゅういちめんかんのんぼさつりゅうぞう)」が安置されています。また、監物の所有と考えられる「槍銘(やりめい)備州(びしゅう)長船法光(おさふねのりみつ)長享(ちょうきょう)二年※八月日」も継承され、像と槍はともに市指定有形文化財に指定されています(※1488年)。
小山田の地には監物に縁あるものが伝わり、山田城跡には堀や土塁が現存しています。戦国の舞台に思いを馳せながら周辺を散策してみてはいかがでしょう。
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