- 発行日 :
- 自治体名 : 滋賀県野洲市
- 広報紙名 : 広報やす 令和8年2月1日号
■「馬」をかたどったもの-今年の干支(えと)によせて-
年が明けて1カ月ほど経過してしまいましたが、今年の干支は午年(うまどし)なので馬について紹介したいと思います。
馬は古墳時代中期(5世紀中頃)に本格的に朝鮮(ちょうせん)半島から連れてこられ、乗馬の風習が広まるとともに、金銀にかがやく飾りをつけ、権威のある人物を象徴する動物となりました。当時の馬と人との関係を伺うことができるものが本市から出土しています。
左側の写真は御明田(ごみょうだ)一号墳(六条)という6世紀初頭の古墳を囲む溝から出土したものですが、その中でも左下の馬をかたどった製品は馬形埴輪(うまがたはにわ)といいます。鞍(くら)や手綱(たづな)など馬に乗るための道具やたてがみや目・鼻などが丁寧に表現されています。埴輪は古墳時代の墓である「古墳」の周りに立てて並べたもので、結界のような役割、死者の生前のシーンを表すなどの意味があったと考えられています。御明田一号墳からは馬を引く人物を表現した人物埴輪が伴って出土しており、人との関係が伺えます。
その後、飛鳥時代(あすかじだい)になると古墳からではなく、集落からも馬をかたどったものが出土することがあります。
右側の写真は北桜南(きたざくらみなみ)遺跡で発見された溝から出土した土馬(どば)です。飛鳥時代(7世紀後葉)に作られたもので、眼や鼻、手綱などを竹を突き刺した文様で表現しています。馬は雨乞(あまご)いなどの儀式の際、いけにえにされていましたが、殺生(せっしょう)を禁じる仏教が広まることで、本物の馬の代わりに土などで作った馬を用いるようになりました。
これらの事例から、古くから馬と人は密接に関係していたことが考えられます。
今回紹介した馬形埴輪や土馬は博物館2階企画展示室で展示しております。ぜひ、ご観覧ください。
※写真は、本紙をご覧ください。
(博物館学芸員 渡邉貴洋)
※市民は入館無料(運転免許証やげんきカード等をご提示ください。)
問合せ:
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