- 発行日 :
- 自治体名 : 兵庫県川西市
- 広報紙名 : 広報かわにし milife 令和8年2月号
かわにしならではのカルチャーを発信。あんな人やこんな場所、魅力的なグルメなどを紹介します。
■平安製錬所 「製錬の町」下財(げざい)に残る産業遺産
◆近代化と伝統が息づく平安製錬所の歴史
◇近代化と伝統が共存した「平安(ひらやす)製錬所」
江戸時代の初めに最盛期を迎えた多田銀銅山。江戸時代に製錬で栄えた市北部の下財町には、明治時代になってからも操業していた平安製錬所がありました。
平安家が経営していたこの製錬所では、多田銀銅山などで採れた鉱石を製錬して銅を作っていました。時代の変化に合わせてレンガ造りの建物や機械駆動の送風機を導入し、生産効率化を図り操業を続けていました。最終工程には、江戸時代から受け継がれてきた伝統技法「真吹炉(まぶきろ)」を残し、熟練の技による仕上げを続けていたことが特長です。
多田銀銅山で採掘がされなくなってからも操業を続けていた平安製錬所ですが、昭和10年(1935年)ごろになると煙害の発生や世界的な経済不況の影響などが重なり、多田銀銅山最後の製錬所はその幕を下ろしました。
◇地名に刻まれた「製錬の町」の記憶
下財町の名は、鉱山で採鉱作業に従事する労働者を指す言葉「下財」に由来します。隣には、かつて日本各地で用いられた銅の製錬技法「山下吹(やましたぶき)」(※)に名を残す山下町があります。こうした地名の存在は、下財・山下地区が古くから採鉱と製錬の中心地として栄えてきたことを物語り、この地域の産業と文化の歴史を今に伝える手がかりとなっています。
(※)山下の地で発明されたと伝わる酸化製錬技術。品位の低い硫化銅を、木炭と火にくべて強風を送り溶融させることで硫黄分を取り除くことができる技法。これにより銅の生産性が向上したとされる
◇平安家邸宅が「郷土館」として公開
平安家の邸宅は、地域の歴史を伝える場として昭和63年(1988年)に「郷土館」として一般公開され、平安製錬所で使われた道具も展示されています。製錬所の建物自体は残っていませんが、発掘調査によって明らかになった真吹炉跡や送風機小屋跡の他、溶鉱炉や製錬で出た不純物であるカラミの捨て場は郷土館の敷地内で見学することができます。こうした調査や保存活動によって、近代化と伝統が共存した地域の製錬文化の名残りを見ることができます。
問い合わせ:生涯学習課
【電話】072-740-1244
