- 発行日 :
- 自治体名 : 和歌山県紀の川市
- 広報紙名 : 広報紀の川 令和7年12月号
■約30年ぶりの鞆淵八幡神社正遷宮
鞆淵八幡神社では令和9年に約30年ぶりの正遷宮を予定しています。遷宮は、神社の社殿を新しく造営または修理する際に、神様を元の社殿から新しい社殿や仮の社殿へお遷しする神事をさします。定められた年に行う「式年遷宮」としては、1300年にわたり20年毎に行われている伊勢神宮のものが有名です。その他、身近な神社でも耳にすることのある「正遷宮」や「上遷宮」は、神社の本殿の造営や修理が終わり、神体が仮殿から本殿へ遷座することをさします。
紀の川市内の指定文化財では、近年、東田中神社や西田中神社で修理にともない約30年ぶりの正遷宮が行われました。その他にも、みなさんの住む地域の神社でも数十年に一度、正遷宮が行われているかもしれません。
平安時代に京都の石清水八幡宮の別宮として創建された鞆淵八幡神社は、950年以上の歴史を持ち、社宝である国宝の神輿は現存する日本最古のものです。平安時代後期に制作された神輿は、後堀河天皇の中宮であった近衛長子が神輿を新たに奉献したため、安貞2年(1228)に石清水八幡宮から下げ渡されたものといわれています。これは、豊富な山林資源の供給地として荘園であった鞆渕が重視されていた証です。毎年10月15日に行われる秋祭りでは、神輿の姿を垣間見ることができます。
現在の本殿は室町時代に建てられ、境内に建つ大日堂とともに国の重要文化財に指定されています。鞆淵八幡神社における遷宮の初見は弘安2年(1279)まで遡ることができ、その頃は、造営に関わる費用を下司や公文といった荘園の荘官たちだけで負担していました。その後の室町時代になると、広く鞆渕の人々が費用を負担するようになります。現在の本殿が建てられた寛正3年(1462)の史料には子どもの名前が多く記され、子どもの無事な成長を祈って、造営費用を負担する人が多くいたことがわかります。
その後も地域住民に大切に守られながら定期的な修理により神社が維持されてきました。こうした地域の中心であった神社やお寺は、生活様式の変化などによって維持が難しい状況となっています。今回の鞆淵八幡神社の正遷宮においても、広く支援を得るため現在、クラウドファンディングを試みています。これまで個々で守ってきた地域の歴史である文化財は、みんなで守る時代となってきました。その第一歩として、自分の歴史を振り返ってみてはいかがでしょうか。
問合せ:紀の川市文化財保護審議会
【電話】内線74202(生涯学習課内)
