文化 津山の歴史 あ・ら・か・る・と

■トラフダケと川村博士
南方中地内には、「本谷のトラフダケ自生地」の名称で国の天然記念物に指定されているトラフダケの自生地があります。
トラフダケは漢字で「虎斑竹」と書きますが、そういう種類の竹があるわけではありません。岡山県のものは、虎斑菌(とらふきん)という特有の菌が寄生し、菌の影響によって黒褐色の円や楕円(だえん)の模様が稈(かん)(主にイネ科植物の茎のこと)に浮き出た竹のことをこう呼び、真庭市と津山市のみで確認されています。
津山市の自生地では、指定地付近に自生する高さ3~5m、太さ1cm程度のヤシャダケ(夜叉竹)に寄生しており、模様の大きさは稈の太さによって変わりますが、長さ10~60mm、幅7~50mmほどで、太い稈ほど大きな模様が表れています。希少性が高いことから国の天然記念物に指定されましたが、模様が発生するメカニズムについては、今もよく分かっていません。
ところで、このトラフダケと津山にはちょっとしたつながりがあります。自生地があることはもちろんですが、トラフダケを日本で初めて学術的に研究したのは、津山出身の植物学者で「キノコ博士」として知られた川村清一という人物です。
上之町で生まれた清一は、津山中学校(現在の津山高校)の第一期生として卒業後、第三高等学校(京都大学と岡山大学医学部の前身)を経て東京帝国大学(現在の東京大学)理学部植物学科に進み、理学博士となり菌類の研究に取り組みました。明治40年(1907)、トラフダケに黒褐色の模様ができる原因が細菌(カビ)の感染であることを論文で発表し、これが、日本で天然記念物を保存する動きの先駆けとなる研究となりました。
菌類分類学研究の草分けの一人といわれる彼の著作には、『原色日本菌類図鑑』など多数があります。植物学者の牧野富太郎とも親しかったようで、『牧野日本植物図鑑』でも執筆者の一人としてキノコ類の解説を担当しています。
専門分野は違いますが、2人の植物学者の間でどのような会話が交わされていたのか、想像してみるのも楽しいものです。

問合せ:津山郷土博物館(山下)
【電話】22-4567