- 発行日 :
- 自治体名 : 広島県府中町
- 広報紙名 : 広報ふちゅう 2026年1月1日(No.1143)
■第60回 府中が農村だったころ(20)〜府中町内の山(3)
前回、呉娑々宇山(ごさそうざんが)歌われている学校の校歌をご紹介しました。記事を読まれた方から新たな情報をいただきましたので続編として紹介します。まず町内唯一の全日制高校である広島県立安芸府中高等学校です。
『広島県立安芸府中高等学校校歌』(2番)「呉娑々宇の嶺に抱(いだ)かれていちょうこずえの風さやか友の和(わ)開(ひら)く学舎(ななびや)にまことの道を究きわめんと好学愛知(こうがくあいち)ひとすじに学ぶはわれら安芸府高(あきふこう)」(昭和55年、作詞・谷本勝信、蔵本正紀)
呉娑々宇山麓に位置する学校のシンボルは銀杏(いちょう)。すくすくと伸びる銀杏の木が安芸府高生の若さと可能性を表現しているとのことです。
次に、府中小学校の前身の府中尋常(じんじょう)高等小学校です。昭和48(1973)年に府中小学校百周年を記念して『創立百周年記念誌』が発行されましたが、その書名は『ごさそう』です。その中に現校歌とともに旧校歌が掲載されています。戦前の忠君愛国(ちゅうくんあいこく)の教育から、戦後の自由な教育を目指すため、校歌も新しくしたのでしょう。
『府中尋常高等小学校校歌』(2番)「見よ呉娑々宇の山高く昇る朝日の輝きはやがてわれらの希望(のぞみ)なりいざや学びに勤(いそ)しみて務(つと)めはげまん君(きみ)のため務めはげまん国のため」(明治6年)情報提供された方は、小学生の時に遠足で呉娑々宇山を登ったそうです。昭和45(1970)年の卒業アルバムには、山道を登る行列が写っています。頂上での記念写真もあり、約280人の児童がクラスごとに並んでいます。
『ごさそう』には昭和48年にも4年生が岩谷観音(いわやかんのん)へ、5年生が呉娑々宇山へ登山したとあります。小学生が海抜(かいばつ)682・2メートルの頂上までよく歩いて登ったものだと感心します。また、これだけの人数による団体行動でトイレはどうしたのでしょうか。
府中町文化財保護審議会委員
菅 信博
