くらし 手と手をつないで No.393

山本(やまもと)信哉(しんや) (元小学校教諭)

■心のものさし(4)〜黒いランドセル〜
朝、小学生が、地域の見守りの方に「おはようございます。」と挨拶をし、横断歩道を渡る姿を見かけることがあります。子どもたちは、色
とりどりのランドセルを背負っています。紫・黒・水色・紺・茶・ピンク・赤・・・。
これからご紹介するエピソードは、今から20年以上前、ある教育講演会で話された内容の一部です。

ある小学校のことです。1人の女の子が入学し背中に黒いランドセルを背負って、通学を始めました。教室へ行くと、「男みたい」と言われます。学校の行き帰りも他学年の子から「女は赤のランドセル。お前だけ変なの。」と、そういうことが日々積み重ねられていきます。この女の子は、転校という方法をとらざるを得なくなってしまいます。

この講演の内容から、当時男の子が黒のランドセルを背負うことは「あたり前」と考えられていたことがわかります。その「あたり前」に女の子は苦しみました。現在の子どもたちの姿を見ると、「あたり前」はずいぶんやわらいでいるように感じます。
今回は、「男みたい」、「お前だけ変なの」と言った子たちに視点をあててみましょう。この子たちは、誰からこの「あたり前」を受け取ったのでしょうか。学校、家族、親族、テレビ、本・・・。私たち大人やこの社会が子どもたちにいつの間にか、この見方を与えてしまったのではないでしょうか。このエピソードは、大人の「心のものさし」が子どもの「心のものさし」になっていくことを自覚しておかなければならないと、教えてくれています。決めつけ・偏見・差別に出会ったとき、これはおかしいぞと立ち止まることができる子どもを私たちみんなで育てていきたいですね。
最後にこの講演の続きをお伝えして結びとします。

転校先での学校でのこと。転校当初は、黒いランドセルに違和感があったのか、以前と同じようなことが起こりました。担任は保護者に尋ねます。
「よかったら、黒いランドセルのわけを教えてください。」
保護者は兄のアルバムを広げながら、黒いランドセルの理由を語ります。
「兄は小学校に入学するが、実際にランドセルを背負って学校へ行けたのは、わずか1回。すでに重い病気にかかり、重篤だった。2回目のランドセルを背負うことなく、この世を去ってしまった。妹が入学するようになり、新しいランドセルを買おうとすすめるが、『このランドセルを背負って、私、学校に行く。大好きなお兄ちゃんと一緒に学校に行く。』と妹は強く望んだ。だから、見守ることにした。しかし、その願いは叶わなかった。」
担任はそのことを学校に持ち帰り、会議で全職員に伝えます。すると、「これは学校全体で、このことにつながる取り組みをしましょう。」ということになりました。保護者も胸をなでおろし、その女の子は、胸をはってお兄ちゃんと学校に行くことが続いています。