文化 おぎの歴史探検隊

■織島古墳群の横穴式石室
三日月町織島の三日月野外研修センター(現在休館中)建物のすぐ脇に古墳時代後期の小さな古墳があります。
この古墳は円墳(墳丘が円形)と思われ、現状では直径10mくらいの非常に小さいものです。古墳というと大きなものを想像しますが、群集墳といわれる小形の古墳が圧倒的に多いです。元々この大きさであったかは不明ですが石室があまり大きくないので、削られた部分は少ないようです。
天山山系の南麓には多くの古墳が残っていましたが、昭和30~40年代のミカン畑の開墾で、かなり壊されてしまいました。この古墳は天井石まで残っていますので、非常に状態の良い古墳だと言えます。
この古墳の石室は開口していますので、特徴をよく観察できます。佐賀平野に多く分布する北部九州型横穴式石室と言えるものです。腰石と呼ばれる比較的大きな石の上にやや小さい石を積み上げるタイプで、遺体を納めた部屋は奥に行くほど広がっています。
石室の形から6世紀後半から7世紀前半頃のものと推定できますが、出土品が明確ではありませんので正確な時期は分かりません。
石室は、大人がかがんで入らなければならないほどの高さしかありません。
時代としては古墳時代にあたり、中央では大王(おおきみ)と有力豪族による中央集権化が進んできて、古代王権が確立してきた時期です。聖徳太子(厩戸王(うまやとおう))の活躍した時期と重なってきます。

小城郷土史研究会/著