■わたしたちのことをわたしたち抜きで決めないで
2024年1月に「認知症基本法」(正式名称は「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」)が施行されましたが、この法律の特徴の一つとして、認知症の人が制定過程に参画した点があげられています。具体的には、超党派の議員連盟で条文の検討が進んだ際に、認知症の人の意見を聞くなど丁寧な合意形成プロセスが採用されたそうです。
このニュースに接した時に、思い浮かんだ言葉が障害者権利条約のスローガン“Nothing About Us Without Us”(わたしたちのことを、わたしたち抜きに決めないで)でした。この条約は2014年に日本も批准し、その後、障害者差別解消法をはじめ国内法の改正、策定が進められ、今年の4月からは民間事業者による合理的配慮も義務化されています。外務省が作成した障害者権利条約のパンフレットには「条約は国どうしの話し合いで作られることが普通です。しかし、障害者権利条約をつくるための話し合いには、障害者団体も参加することができました。それは、障害者の間で広く知られている“わたしたちのことを、わたしたち抜きに決めないで”という考え方が大事にされたからです。」とあります。条約策定にあたって障害者の方を中心とした息の長い、粘り強い取り組みがあったことが伝わってきます。
「わたしたちのことを、わたしたち抜きに決めないで」は子どもの人権を考える上でもキーフレーズだと思います。世界人権宣言第1条で「すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である。」とすべての人に人権が保障されているにも関わらず、子どもたちの人権は「子どものくせに黙っておけ、子どものくせに生意気だ」として侵害され続けてきた歴史があり、残念ながら今も侵害されている実態があります。子どもたちは成長の過程にあり、大人と同じように人権をもっていても、それを十分に理解し行使する力は備わっていません。だからこそ、周りの大人たちは子どもたちの声、言葉にならない声も含めてしっかり聞き取り、それを施策に反映させる必要があります。
子どもの人権という時によく注目されるのが「意見表明権」です。意見というと理路整然としたものをイメージしがちですが、英語の原文ではopinionではなく、viewとなっています。opinionが言語で表明する意見を表すのに対して、viewはより幅広い意味でとらえるということです(「ハンドブック子どもの権利条約」中野光、小笠毅編著岩波ジュニア新書)。ここから導かれるのは私たち大人が子どもたちの声、言葉にならない声、言動の背景ある思いをしっかり聞き取る必要があるということだと思います。
このコラムが掲載される11月は児童虐待防止月間です。お気づきかと思いますが、「わたしたちのことを、わたしたち抜きに決めないで」は全ての人の人権にも通ずる考え方です。児童虐待防止月間に子どもの人権を守るために社会として何をすべきかを考えることを通して、私たち自身の人権についても考えたいと思います。
池上英明
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