くらし 新春対談 とかち帯広空港の変遷とこれから(1)
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- 発行日 :
- 自治体名 : 北海道帯広市
- 広報紙名 : 広報おびひろ 令和8年1月号
十勝・帯広の空の玄関口であるとかち帯広空港が民営化して6年。北海道エアポート株式会社の山﨑社長に、空港民営化への思いと十勝・帯広の魅力などについて、米沢市長がお話を伺いました。
■北海道7空港の民営化への歩み
市長:とかち帯広空港は、令和元年に空港施設とターミナルビルの運営を北海道エアポート株式会社(以下、HAP)に委託しました。本日は、当時、国土交通省航空局の空港経営改革推進室長として空港民営化を担当され、昨年6月にHAPの社長に就任された山﨑さんをお迎えし、空港民営化への思いのほか、十勝・帯広が持つ魅力や可能性などについて、お話を伺いたいと思います。
私が初めてお会いしたのは、山﨑さんがイタリアでの大使館勤務から帰って来られたあたりでしたね。
山﨑:そうです。平成27年8月に帰国して、9月に空港経営改革推進室長になってからは、仙台や高松、福岡の空港民営化を担当していました。その流れで、11月に「国管理の道内4空港(新千歳・函館・稚内・釧路)を民営化する」と発表したのですが、できれば地方管理の3空港(帯広・旭川・女満別)も一緒に進めたいという思いがあり、すぐに帯広に駆け付けたのを覚えています。
市長:懐かしいですね。当時のことはよく覚えています。空港民営化の話が次々に進んでいたので、帯広もなんとか道内の空港民営化に加わりたいと思っていたんです。そんな時に山﨑さんが登場されて、非常に心強かったです。でも、初めてお会いした時は確か、髪が長く、ピンストライプのスーツにピンクのネクタイ姿で。本当に国の役人なの?と思いました(笑)。
山﨑:皆さん、昔の印象がおありなのか、今でも、髪は伸ばした方が良いんじゃないかという声もいただいたりしますね(笑)。
市長:とても印象的な出会いでした。あの頃は、北海道全体で空港民営化の機運が高まっていて、7空港が一つになるという大きな構想が、一気に加速し始めた時期だったように思います。特に、今回のような複数の空港を対象とした事例は、全国的にも類を見なかったと思いますが、そこにはどのような狙いがあったのでしょうか。
山﨑:そうですね。国が考えたコンセプトの中では「路線の分散」が挙げられると思います。新千歳空港へ就航したい路線は多いのですが、一つの空港で受け入れられる発着枠には限りがあり、人気がある時間帯は、就航を断念することもあります。そのため、7空港を一体で運営し、新千歳空港で対応しきれない路線需要を、他の6空港に分散させることで、北海道全体でバランス良く路線を配置することができ、国内外からのさらなる路線誘致や、北海道全域の観光振興につなげられます。分かりやすく例えるならば、千歳に降りて、帯広から飛び立つというような、周遊観光ができるイメージを目指しています。
市長:そう考えると、7空港一体での運営というのは、スケールメリット※1を生かすことができ、空港としての交渉力が強まることになりますね。例えば、国に対して、我々が帯広市としてではなく、十勝の代表として交渉に当たるような状況と似ているのかなと感じました。そういう意味でも、今回、民営化の仲間に入れていただいたことは、本当に感慨深いものがあります。
山﨑:いえいえ。市長をはじめ地域の皆さんの「一緒にやるんだ」という強い思いが、国を動かしたと言っても過言ではありませんよ。皆さんの熱意があったからこそ、今回の7空港民営化が実現できたと思っています。
■コロナ禍で見えた「観光の本質」
市長:7空港の民営化から間もなく、新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)が世界的に流行しました。その時期、山﨑さんは、北海道庁に出向されていましたね。
山﨑:道庁では観光行政を担当していました。まだコロナが広がる前に、フィンエアー(フィンランドの代表的な航空会社)との路線交渉のため、フィンランドに行ったりしていました。当時は、道内の旅行会社の皆さんが「フィンエアーに乗ってヨーロッパに行こう」といったツアー商品を精力的に販売してくれていて、「こんなに旅行客が来てくれるなら」ということで、フィンエアーの通年運航が決まったんです。でも、帰国した時には、既にコロナが日本国内でも始まりつつあり、あっという間に状況が一変しました。
市長:そうでしたね。緊急事態宣言も出て、観光業は一気に止まってしまいました。
山﨑:ええ。その後、私は「どうみん割」や「GoTo(ゴートゥー)トラベル」にも携わっていたのですが、世の中の風潮として「なぜ観光にばかり税金を入れるのか」といった批判もありました。それでも、観光が止まり、地域経済も止まってしまった当時の状況を振り返ると、観光に税金を投入したのは、単に旅行業者を支援することではなく、地域経済にお金の流れを取り戻すことが本当の目的だったことを理解していただけると思います。
市長:本当にそうでしたね。観光が止まることで、人の動きもお金の流れも止まる。あの経験を通じて、観光が地域全体の需要を生み、農業や飲食業などへの波及効果が大きい産業であることを、多くの人が改めて実感し、「観光の本質」を再確認したのだろうと思います。
■社長就任への思い
市長:その後、山﨑さんはHAPの社長に就任されました。お話を伺うと、決して簡単な決断ではなかったようですね。
山﨑:このお話をいただいたときは、本当に迷いました。民営化後の会社の経営陣には、現役の役人のままでは出向できないため、退職しなければなりませんでした。それに、コロナの影響でHAPの経営状況が非常に厳しいことも十分承知していましたから。
市長:それでも引き受けられた。
山﨑:はい。以前、「民営化すればこんなに良くなります」と各地で説明してきた立場としては、今の状況を見過ごすわけにはいきませんでした。自分の言葉に責任を持って、7空港一体運営の姿を実現しなければという思いが強かったですね。それで覚悟を決めました。
市長:なるほど。空港民営化に尽力され、海外での経験も含めて豊富なキャリアをお持ちの山﨑さんには、地元経済界や観光業界などから就任を待ち望む声が多かったと思います。そして、北海道の空路の核となるHAPを率いていく職責はとても大きいのだろうと拝察しますが、これからの山﨑さんの手腕に、各方面から大きな期待が寄せられていることと思います。
山﨑:とてもありがたい話です。就任にあたって、私は三つの目標を掲げました。それは、「路線を呼び込む」「魅力ある空港をつくる」「地域とともに発展する」というものです。空港は地域の玄関であり、顔でもあります。特に、路線誘致については、地域経済や基幹産業、観光にとって生命線だと思っていますので、地域経済をつなぐという我々の重要な使命を、一丁目一番地としてやっていきたいと思っています。
※1 スケールメリット:規模が大きくなることで得られる経済的利点。
