子育て 子育てコラム

◆子育てを支える小さな一言
子どもの成長は早いもので、気づくと長男の大学進学を迎えていました。今年の春、家から離れ無事一人暮らしが始まったと、祖父母に報告に行った際、妻に向けて私の母親(義母)がこんな言葉をかけました。
「ここまでしっかり育て上げて、“上手に子育てしていること”」
そんな言葉をかけられた妻は、息子が家から引っ越した寂しさと相まって涙が止まらなくなっていました。
長男が生まれた1年後、私の職場が変わり、ようやく慣れた街から離れ、新たな土地での生活が始まりました。知り合いもいない、どこに何があるかも分からない街での子育ては、決して順風満帆ではありませんでした。妻は、引っ越す前、子育て支援センターに支えられていた経験から、転入先のセンターを調べ、勇気を振り絞って足を運びました。しかし、防犯上の理由から時間がくると門が閉ざされ、インターフォンを押さなければ入れない子育て支援センターを目の前に、呼び鈴を鳴らすことなく帰宅しました。翌日、もう1か所の子育て支援センターに足を踏み入れることができましたが、保育士からも誰からも声をかけられることなく、居場所を見つけられない日々が続きました。
週末は、前任地のママ友や長男の友だちと遊ぶために、車で1時間半をかけてドライブに出かけます。しかし、夕方になり我が家に向かう車中で妻は、動悸がするようになり「家に帰りたくない…」と口にしていました。
市内のデパートで子ども用キャリーに載せて買い物に行き、大人しく座っていない我が子をなだめながら買い物を済ませます。そのままトイレに入ろうとすると、そもそも子どもを連れて使うことができる構造になっていないトイレに落胆し、ベンチでうなだれていた時でした。隣に座っていた高齢のご婦人が、元気に動き回る息子に笑顔を投げかけ、ニコニコとあやしてくれていました。キャッキャと喜ぶ息子を見て、ご婦人は妻に「上手に子育てしていること」と声をかけてくれました。自分は、何もできていない、子育てもしっかりできていないのではと感じていた妻は、思いがけない言葉に涙が止まらなくなりました。
「子育てハッピーアドバイス」(1万年堂出版)の著者、明橋大二氏は、その著書の中で「子どもを守ろうとするなら、まず、それを支えているお母さんを守らなければなりません」と述べています。少子化が進む日本の特徴として、子育てについての責任は家族、特に母親の責任がもとめられ、母親の子育て不安が大きくなっていると指摘します。子育てのいちばんのパートナーであるお父さん、さらに、おじいさん・おばあさん・先生たち・地域の人たち・母親同士のサポートが不可欠です。
街で親子を見かけたとき、あなたはどんなまなざしを向けていますか?「元気でかわいいお子さんですね」との一言で、救われる子育て家庭があるかもしれませんね。

傳馬淳一郎(でんまじゅんいちろう)
名寄市立大学保健福祉学部社会保育学科准教授。保育所保育士、学童保育・児童館での勤務の後、保育者養成に携わる。大学では、保育実習指導を中心に、子ども家庭支援論、家庭支援実践演習、保育者論等を担当している。子どもの育つ環境、保育者の養成とキャリア、離職等を研究テーマとしながら、保育者向けの各種研修や保育現場の公開保育、園内研修のサポートを行っている。