- 発行日 :
- 自治体名 : 宮城県利府町
- 広報紙名 : 広報りふ 令和7年10月号
■かしむの話(開運パート2)
矢井田瞳さんは“My Sweet Darlin”をヒットさせた平成を代表する歌姫です。今年、彼女が仙台に、新しくできたクラブの柿落(こけらお)としでライブをすると聞き、これは「彼女にお礼を述べる千載一遇のチャンス」と出かけてまいりました。「お礼」とは、結構「かしむ」な話になります。
20代のわたしは、大学院で音楽社会論を研究していました。しかし、大学院での学究生活もままならず、閉塞感に満ちていて、どん詰まりな生活を鬱々と過ごしていました。なんとか院を修了するのですが、就職氷河期の折、受けた企業は軒並みNG。お先真っ暗な中、どん底を味わい、精神的にもまいっていました。そんな状態で、ふと思い立ちました。自分の位置を確かめるために、論文を書いてみよう、と。その論文とは、専門外でしたが、日本歌謡界の歴史において、矢井田氏の歌詞の女性像がいかに革命的か、それは彼女が大学で学んだ実存主義が色濃く反映されているからではないか、それらをジャケットから歌詞の内容、音楽的な特性などと共に論証しました。そしてその論文を僭越ながら矢井田瞳さんに評価してもらおうとご本人宛に郵送しました。数週間後、返信をいただき、そこには「へーそうなんや、なるほどなーの連続でした」と短く書かれていました。
綺羅星(きらぼし)のごとく輝けるポップス界の歌姫から返事をもらった事に、もしかして自分もこの世の中でやっていけるのではないかと励まされました。まるで一筋の光が、『蜘蛛の糸』のごとく、するすると自分の上へ垂れて参るのではないか、と。その一通の返信が、どれほどの希望をもたらしてくれたか、感謝してもしきれません。その時の一筋の銀色の蜘蛛の糸へのお礼をどうしても伝えたく、仙台ライブの楽屋を訪問させていただきました。もちろんライブは最高。デビュー当時と変わらない力がありました。ほんの数分でしたが、直接ご本人にお礼を述べる事が叶いました。もちろんもう昔の話なので、彼女の記憶にはなくて(私の方から一方的に見上げていただけですので)、それでも面会していただいた事に感謝、そして巨大なライブ会場を有する利府町でお待ちしています、と添え言葉をお伝えして楽屋を後にしました。その日は、自らの、ちょっとした青春の一区切りができたようで、とても感慨深い一日となりました。
夏のような秋の日に思い出した、今は昔の話です。
利府町長 熊谷 大(ゆたか)
