くらし 新春 特別対談(1)

■秋田の未来を切り拓く!
新たな挑戦へと舵を切る2026年に

秋田県知事
鈴木 健太

東京大学大学院新領域創成科学研究科 特別研究員(RPD)
高橋 今日子さん

長男の五城目小学校への教育留学をきっかけに、2023年、千葉県から五城目町へ移住した高橋さん。
東京大学大学院新領域創成科学研究科研究員や世界銀行東京事務所のコンサルタントなどを務めながら、2人の子どもと一緒に秋田暮らしを楽しむ高橋さんと、鈴木健太知事が新年に向けて対談を行いました。

●そこに使命があれば扉は開く
知事:ご出身はどちらですか?
高橋:父親の仕事で幼少期から岩手や青森に引っ越し、中高生の時は秋田で暮らしていました。秋田の思い出が一番多いので、出身を聞かれたら「秋田」と答えています。
知事:高橋さんのこれまでのキャリアを拝見すると、JICA海外協力隊、ロンドンで修士号、東大で博士号取得と、まさに挑戦の連続ですね。その原動力はどこにあるのでしょうか?
高橋:私の場合、挑戦の前には必ず失敗があって、例えば、JICA海外協力隊に参加する前はジャーナリストを志して就職活動をしていましたが不採用が続き、当時インターンでお世話になっていたTV局の方に「俺たちが誰も知らない国へ行って自分の価値観を覆してこい」と背中を押され、海外協力隊へ参加。東大の博士課程進学も、国際機関への就職活動が全滅し、「もう少し自分の専門分野を磨いた方がいい」という面接官のアドバイスを受けてのことでした。挑戦はしているのですが、その前にはいつも転機があって、人生を促されている感覚に近いかもしれません。知事こそ、元自衛官であり、たくさんの挑戦をされているイメージですが、いかがですか?
知事:私は大学浪人中に、最初は文学部を目指していたんですが予備校の先生の勧めで法学部に進学し、その後、国連職員を目指していた時期がありました。ただ将来性などを考えて志望を外交官に変更したのですが、勉強に苦戦していたところ、ポストに自衛隊のハガキが入っていた…という経緯です。成り行きに近いですよね(笑)。
高橋:私も成り行きです(笑)。
知事:挑戦をする時にいつも感じているのは、「面白そう」という好奇心ですね。父親がすごく楽観的な人で、世の中の辛いことや悲しいことも笑い飛ばせる力を持っていたので、父の影響かもしれません。ただ、年齢を重ねるうちに、挑戦を突き動かすものが好奇心から「使命感」に変わっていった気がします。自衛隊で培われた「義を見てせざるは勇無きなり」という精神が根底にあって、「誰もやらないなら自分がやるしかない」という気持ちが染みついたのでしょう。
高橋:使命をみつけた時って、不思議と目の前の扉がパッと開くような気がします。私も秋田に来てから、その時々で自分ができることに向き合う中で、自然に「挑戦させてもらっている」感覚で、地域の皆さんに背中を押されながら前に進むことができているんですよね。ただ、一方で、使命感が強すぎると自分を犠牲にしてしまいがちなので、バランスを取るのが難しいとも感じます。
知事:たしかに、挑戦というと何かを犠牲にしなければならないという感じがしますね。私は優先順位を明確にしていて、最優先は家族で次に同僚。どんな時も大切な人たちを守るという理念を軸にしているからこそ、実際は何かを犠牲にしているという感覚はあまりないんです。

●人との距離感がちょうどいいから住みやすい
高橋:秋田に来て、長男の心が前向きに変わったことが何より大きかったです。関東での生活はいじめや不審者との遭遇などで人や暮らしへの安心感を得られず、長男は学校に行きたくても行けない日々が1年以上続いていました。でも、秋田の豊かな自然と穏やかな人々に囲まれ、心が安定し子どもたちも私も前に進めるようになったんです。
知事:本当に秋田は健全な社会だと感じます。私は大阪で生まれ神戸で育ちましたが、秋田に来て、こんなに悪い人が少なく揉め事もなく、心穏やかに暮らせるものかと驚きました。都会の喧騒とは異なり、人との距離感や素朴さが心地よく、まず「人が生きるスペース」として非常に快適です。
高橋:私の専門の都市計画分野では、よりよい社会を築くために人が社会と連携する姿勢と行動を「市民性」と呼ぶのですが、秋田は非常に市民性が高いと思います。市民性は計画して作ろうと思っても作ることはできない、まさに秋田の財産です。秋田らしい豊かさとは何か、もっと掘り下げていきたいですね。
知事:特に子どもたちにとって秋田は素晴らしい環境だと思います。一方で、変革も必要。教育面では、これまでの「お利口さん」を育てる教育から、自主性や自分の考えをしっかりと表現できる力を育む教育へとアップデートしていきたいと考えています。