- 発行日 :
- 自治体名 : 福島県二本松市
- 広報紙名 : 広報にほんまつ 令和7年9月号
■お杉(すぎ)さんの伊勢参(いせまい)り(3)
旅の道々お杉は、うれしそうにはしゃいでおりました。二人は無事に伊勢に着きました。お杉は、長いこと社(やしろ)の前に額突(ぬかづ)いていましたが、やがて静かに立ち上がると、辺りに立っている杉木立のあいだを、さも懐かしそうに歩き回りました。
「あなたさま。」
お杉は精顕(せいけん)の前にくると静かにうなだれていいました。
「私、一生に一度の望みをかなえて頂きました。でも、もう一つ、もう一つだけお願いがございます。」
「いってごらん。」
するとお杉は、一度杉沢(すぎさわ)の里へ帰りたいというのでした。そこで、やさしい精顕は、お杉を連れて陸奥(みちのく)に旅立ったのです。
精顕とお杉が初めて出会ったのも秋でしたが、二人がその杉沢へ帰ってきたのも秋でした。杉の枝にそよぐみどりの風、山々を染めるもみじの錦。杉沢の里に落ち着いたお杉は、魚が水をえたように生き生きとしてきました。
「あなた、すみませんが泉の水を一杯汲んできてください。」
ある月の明るい夜、お杉は精顕にいいました。この夜半にと、思いましたが手桶を下げて外に出ました。
精顕が水を汲んで戻ってくると、家の中から元気な赤子の泣き声が聞こえるではありませんか。急いで家の中に駆け込んだ精顕の目にうつったのは、お杉に抱かれた玉のような赤ん坊でした。
「ご覧ください。あなたにそっくりでしょう。」
精顕はその夜、都の家に長い手紙を書きました。お杉と生まれた赤子と三人、杉沢の里で暮らすことにしたとの便りでした。
精顕もお杉も幸せでした。ただ一つ不思議なことは、お杉が何才になっても若い時そのまま、いつまでも美しかったことです。
精顕は年をとってなくなり、なきがらは杉の木の根元に葬(ほうむ)られました。するとその日から、お杉も姿を消してしまったのです。
精顕を慕って娘の姿になって現れた杉の木は、精顕の墓を守って何百年も生き続け、今では大きな木になり、いつもさわやかなそよ風の吹き通る木陰を作っております。