文化 国見の民話かるた

■第三十一回/徳江観音寺の由来
ゆめまくらで みちのくにきた 徳江観音

これは、徳江の観音緑起をもとにしたものです。そのいい伝えとは…。

むかしむかし、そのむかし、平安時代の高僧・空海(弘法大師)が、奈良の久米寺にお泊りになったとき、その夢枕に尊い観音様が現われ、こうお告げになりました。
「私は、陸奥の国、伊達郡国見坂の南、阿武隈川のほとりの地にいて、西の日本を護っています。なぜなら、そこが日本の国の鬼門にあたる土地だからです。しかし、このことを知る人はいません。だからこそ、この地に私の像を安置し、祀りなさい。まさに日本の総禎守となるでしょう」と。
このお告げを受けた弘法大師は、さっそく正観世音菩薩の像を造り、はるばる徳江の地にお運びし、祀ったというのです。
それからこの寺は、一名「来夢山(らいむさん)」とも呼ばれ、人々の厚い信仰に支えられ、七堂伽藍が立ち並ぶ見事な霊域だったということです。
しかし残念ながら、その後の時代の兵火や大洪水などで、今ではその面影をしのぶことはできません。