- 発行日 :
- 自治体名 : 埼玉県毛呂山町
- 広報紙名 : 広報もろやま 令和8年1月号 No.1024
■神馬(しんめ)を描いた絵馬
令和8年の干支の午(うま)(馬)は、昔から移動や陸運、軍事、農耕などの場面で人々の生活を支えるとともに、神様の乗り物として扱われ、古来より神聖視されてきました。
古代では、長雨や旱(ひでり)が続くと、祈晴(きせい)や祈雨(きう)を願う神事において、白馬や赤馬、黒馬が神様へ奉納されてきました。
このほかにも、宮中では古代から正月七日に天皇が白馬を天覧し、一年の邪気(じゃき)を払う「白馬節会(あおうまのせちえ)」という行事の記録が残されており、馬が特別な動物であったことが伺えます。
宮中行事の白馬節会は現在行われていませんが、住吉大社(すみよしたいしゃ)(大阪府)の「白馬神事(あおうましんじ)」や賀茂別雷(かもわけいかづち)神社(上賀茂(かみがも)神社・京都府)の「白馬奏覧神事(はくばそうらんじんじ)」、鹿島神宮(かしまじんぐう)(茨城県)の「白馬祭(おうめさい)」などは、白馬節会が形を変えて神事となった行事です。
現在では、神馬奉納や神馬を飼育する神社は全国でも限られていますが、青銅や木、石で造った馬の像の神社への寄進や、願掛けに絵馬を掛ける行いは、生きた馬を奉納する代わりとなった風習です。
葛貫地区の住吉四所(すみよしししょ)神社には、江戸時代の宝永(ほうえい)元年(1704)に奉納された馬を描いた大絵馬「神馬(しんめ)奉納絵馬」があります。絵の内容は、神馬である白馬を、白い装束をつけた神職二人で曳(ひ)く様子が描かれています。
このような絵は、「曳馬図(ひきうまず)」と呼ばれており、江戸時代には絵馬に好まれて描かれた題材の一つです。
特に、住吉四所神社の神馬奉納絵馬は、馬のたてがみや鞍(くら)の装飾、馬を曳く神職一人一人の顔の表情や額によるシワなど、細部も細かく描いており、人馬のいきいきとした姿は、さながら神馬神事のワンシーンを切り抜いたようです。
「神馬奉納絵馬」がどのような経緯で奉納されたのかは、詳しい記録は記されておりませんが、白馬神事の様子を描いた絵馬を奉納し、無病息災や地域の安寧を願ったのかも知れません。
