- 発行日 :
- 自治体名 : 千葉県香取市
- 広報紙名 : 広報かとり 令和8年2月号
■一里の道標(みちしるべ)ー銚子道(ちょうしみち)の足跡ー
市内には、江戸時代に佐原・津宮・小見川など物流や交通の要所である河岸(かし)があったことは広く知られています。これらの河岸は、銚子から江戸をつなぐ利根川の水運に接した地の利により発達したものです。
一方で利根川の右岸(南側の岸)には銚子道と呼ばれる側道があります。木下河岸(きおろしがし)(印西市)から飯沼(銚子市)に通じるもので、とくに滑川(成田市)と飯沼の間は滑河観音(龍正院(りゅうしょういん))から飯沼観音(円福寺)への巡礼道として使われていました。江戸時代の作家十返舎一九(じっぺんしゃいっく)の旅行記「金草鞋(かねのわらじ) 十編 坂東巡礼之記(ばんどうじゅんれいのき)」文化14(1817)年では、滑川から香取市域を経ての飯沼観音への巡礼が紹介されています。
現在は、道の傍らに1里(おおよそ4km)ごとに石の道標が存在し、かつての銚子道の経路を示しています。道標は天明(てんめい)3〜4(1783~1784)年にかけて椎柴(銚子市)出身の僧真永(しんえい)が建てたもので、上部には観音像が浮き彫りされ、下部には飯沼観音までの距離が示されています。飯沼から滑川までの道のりは13里であり、香取市域では阿玉川、下小堀、大倉、佐原イ、森戸、西部田の6基全ての道標が現存しています。厳密に1里ごとではなく、村の境界や寺院など目にしやすい場所に置かれており、巡礼者への配慮がみられます。
なお、佐原から滑川までは道標によると4里ですが、これは十返舎一九が旅行記で示した距離と一致しており、この道標を参考に旅をしたのかもしれません。
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