- 発行日 :
- 自治体名 : 千葉県多古町
- 広報紙名 : 広報たこ 令和8年1月号
◆「琴となり下駄となる」
お正月は同姓の親戚が集まりますから、「〇〇の伯母さん」や「△△の叔父さん」など、地名で呼ぶ機会が多いのではないでしょうか。
そんな風に使われる地名が定着し、新たな苗字になりました。林・水戸・千田は、説明に適した地域ですね。
例えば『水戸黄門』で、「水戸様」と呼んだり「水戸光圀(みつくに)」と名乗ったりしますが、ご隠居の苗字はもちろん徳川。また、千田荘(庄)にちなんで千田を苗字とした武士も複数いました。貴族や寺社の私領だった荘園名はさまざまな形で残っており、東庄町もその一つです。
さて、全国的な地名林と苗字林に纏(まつ)わる逸話は、年賀の席で役立ちそうな江戸雑学を交えてご紹介しましょう。
江戸の元日は大名が集合し、将軍より御流れ(酒)を頂戴します。栄えある一番目は、家格が一番の尾張徳川家でも、石高が一番の加賀前田家でもなく、多古藩と似た規模の請西(じょうざい)藩(木更津)林家でした。
徳川家の祖先が放浪していたころ信州林郷の林家(請西林家の祖先)で年を越し、兎(うさぎ)の吸い物を供されて運が開けた故事に肖(あやか)ったものです。江戸時代は木更津の兎が将軍家の正月膳に上(のぼ)りました。
それを名誉としていた請西藩主林忠崇(はやしただたか)は、戊辰戦争の際、将軍に罪が及ばないよう殿様自ら脱藩するという前代未聞の決断をし、領民に迷惑がかからないよう陣屋に火を放ち、有志軍として出陣しました。そのため請西藩は、明治維新後に取り潰された唯一の藩となります。
ところが、先月号で触れた小栗忠順(ただまさ)は同じ幕府側にいて恭順の意を示したのに処刑され、徹底抗戦した林忠崇は助命されます。そして困窮しながらも最後の生存大名になり、昭和16年92歳で逝去しました。
掉尾(ちょうび)を飾り、含蓄(がんちく)ある彼の句を。
―琴となり下駄となるのも桐の運―
