文化 歴史資料館 連載四〇四

■房州のたぬきと上総のたぬき
ある日、房州(ぼうしゅう)のたぬきと上総(かずさ)のたぬきが、鋸山(のこぎりやま)の国ざかいでばったり出会いました。二匹は山の上からそれぞれ自分の国を見おろして、たがいに自慢(じまん)をしましたが、どちらも負けず、最後は、得意(とくい)の化けくらべで勝負しようということになりました。房州のたぬきは上総のたぬきに向かって、
「おれはこの山の千五百羅漢(せんごひゃくらかん)の一つに化けっから、当ててみろ、しばらく目をつむっていて、少したってからさがしに来んだぞ」と言いながら、山をおりていきました。上総のたぬきは言われたとおり、しばらくしてから切り立った崖(がけ)や深い岩谷をていねいに調べ始めました。羅漢さまは大きいもの小さいもの、さまざまな顔かたちをしているので、なかなかわかりません。
ふと岩の上の大きな羅漢さまを見ると、やさしそうな笑顔でこちらを見ています。上総のたぬきは、持ってきたおむすびを、そっと羅漢さまの手にのせました。すると羅漢さまは、すぐに口に持っていきました。上総のたぬきは、しめたっとその手をつかみ、「わかった、これがおまえだっ」と言いました。
房州のたぬきは、いまいましそうに「こんどはおまえの番だ」とさいそくすると、上総のたぬきは、ちょっと考えてから、
「明日、山のふもとの道を大名行列(だいみょうぎょうれつ)を作って通るから、そん中から当ててみろ」とその日は別れました。
翌日、房州のたぬきは朝早くから、海辺の岩の上で、大名行列を待っていました。しばらくすると、むこうから毛槍(けやり)を立てて大名行列が静かにやって来ます。「こりゃすごい、よくこんだけ仲間を集めたもんだ」と感心し、のこのこ出ていって、侍(さむらい)たちの顔をひとつひとつのぞきこみました。その時、お駕籠(かご)の近くの侍たちが「たぬきが迷(まよ)いこんだぞ、とらえろっ」とさけびました。
行列は勝山の殿さまのほんものの行列でしたから、房州のたぬきはびっくり。命からがら鋸山へ逃げこんだそうです。