文化 歴史資料館 連載三九八

■金々先生
蔦屋重三郎(つたやじゅうざぶろう)が江戸出版界で活躍した時代、読本のジャンルで黄表紙(きびょうし)というものが大ヒットします。子供向けの絵本を少々大人向けに洒落(しゃれ)や遊びを詰め込んだかんたんな絵本です。今で言えば青年コミック本とでも言うもの。作者は朋誠堂喜三二(ほうせいどうきさんじ)や恋川春町(こいかわはるまち)など、これはペンネーム。彼らはれっきとした武士で、片手間に書いていたのです。
黄表紙の火付け役となったのが、恋川春町が文も絵もかいた「金々先生栄花夢(きんきんせんせいえいがのゆめ)」。鱗形屋(うろこがたや)から出版され黄表紙ブームを起こします。
金村屋金兵衛(かねむらやきんべえ)という若者が、一旗あげようと田舎から江戸に出てきます。途中、目黒不動の茶屋で名物の粟餅(あわもち)を注文、できあがるまで店でうたたねしていると、夢を見ます。大金持ちの商家の主人から出迎えが来て、金兵衛はその跡取りになるのです。さあそこから、金兵衛の放蕩(ほうとう)生活がはじまります。吉原や深川で湯水のようにお金を使いまくり、またそれをそそのかす手代(てだい)の源四郎や太鼓持(たいこも)ちの万八など、悪仲間にたかられ、その羽振りの良さから、金々(きんきん)先生と呼ばれるようになるお話。さて最後はどうなるか。
「ありがた山のとんびからす」など流行語も満載、まさに手ごろに読めて、おもしろい大人向けの絵本です。蔦重は、彼ら作者を取り込み、この黄表紙を何十種類も大々的に売り出し、ブームに乗じてゆくのです。
蔦重の先見の明は、ずば抜けていました。歌麿(うたまろ)、写楽(しゃらく)、北斎(ほくさい)、馬琴(ばきん)、みな無名の頃から蔦重が見出した逸材(いつざい)なのです。
菱川師宣記念館では、「金々先生栄花夢」を復刻本ですが、読み下し文とともに展示しています。