くらし 【特集】「すぎなみビト」旅するイラストレーター キン・シオタニ(1)

■プロフィール
キン・シオタニ 昭和44年杉並区生まれ。全国の雑貨屋で販売された「長い題名シリーズ」のポストカードで注目され、さまざまなメディアでイラストを発表するほか、作品集の出版、メディア出演、パフォーマンスやトークイベントの出演・企画を行っている。大きな仕事から個人的な仕事まで、その幅の広さは他に類を見ない。また長年の旅の経験から日本各地のまちを独自の視点で捉え、イベント・講演会などで語り、多くの支持を集めている。



■詩人になるのをやめた翌日から絵を描き始めた
―独特な魅力を放つキンさんのイラスト。子どもの頃から絵が好きでしたか?
子どもの頃は、絵は全く描いていなかったです。学校の美術の成績も2とか。むしろずっとなりたかったのは物書きで、文章の方でした。僕は荻窪生まれ、小金井育ちなのですが、三鷹にお墓がある太宰治に親しみを感じていて、中学生のときに「人間失格」を読み、その独自の文体にすごく引かれました。

―物書きを志して、どんな道を歩まれたのでしょうか?
大学で師事したのが、イギリスの詩人、クリス・モズデルでした。イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)などの作詞をしている人で、僕はYMOを聴いたことがなかったけどイギリスの音楽が好きだったし、クリスはすごくかっこよくて憧れでした。彼がいなかったら今の僕はないと言えるくらい影響を受けた。だから自分もクリスのように詩の道で生きようと思って、23歳くらいのときに、書きためていた詩を専門の出版社に持って行ったんです。すると、偉い編集者に「詩人は食えるようではダメだよ」というようなことを言われて。ある意味名言だと思うのだけど、なんかめんどくさいなと思って(笑)、詩人はやめることにしました。じゃあ詩でなければ絵かな? と考えて、次の日にはもう絵を描き始めていましたね。

―次の日とは驚きです。なぜ「絵」だと考えたのですか?
詩を紙とペンで書いていて、そのまま紙とペンでできるのが絵だったからです。例えば音楽をやるとなったらギターとかを買わなきゃいけないでしょう。あとは、実家で大量にもらった年賀状の余りと筆ペンを使って、以前から何となくグルグルと絵を描いてもいたんです。そのときは詩人になるつもりでしたが、描きながら「これはいつか世の中に出るだろうな」という根拠のない自信もあって。そのとき描きためていたものをポストカードにして売り始めたのがイラストレーターとしての最初のスタートでもあるから、人生って分からないよね。

―作品の特徴でもある長いタイトルは当初からつけていたのですか?
描きためていたときはタイトルはなかったけど、売ろうと思ったときにつけました。当時はやっていたアーティストの作品は「無題」が多かったこともあり、それなら俺は絵を見ただけでは絶対に分からないような長い題名をつけよう! と思って、「一番きれいな雪の破片を見つけ、そしてそれを食べようかと考えている青年」とか、そういうタイトルをつけました。その、いわゆる「長い題名シリーズ」が本屋や雑貨屋に置かれるようになり、井の頭公園での路上販売もあって、少しずつ世の中に知られていったことでさまざまな仕事につながっていった。僕のテーマは「アート」と「旅」の2つなんだけど、アートにおいては絵だけじゃなく言葉もすごく大事にして今までやってきました。

■いろいろな知らないまちで、人の優しさを知った
―アートと並ぶキンさんのテーマ「旅」についてもお聞きしたいです。
最初の旅は中学1年生、友達と鉄道で行った兵庫県。中学生にとっては大冒険で、ものすごい刺激でした。小さい日本の中でありながら、東京と兵庫では言葉も食べ物も違う。例えば「神戸」って名前は聞いたことはあるけれど、実際に旅をする前はどんなまちかは知らないわけで、旅することで知らなかったまちを知っていく経験がすごく面白くて、カルチャーショックでもありました。そこから旅を愛するようになり、中学2年生のときにはもう一人旅をしていたんじゃないかな。今では考えられないけれど、たぶん中学生で野宿とかもしていたような気がします。その後、高校・大学生になると旅が本格化して完全に「放浪」になりました。ヒッチハイクをしながら、夏は北海道、冬は九州を目指して、行った先では1カ月とか長く過ごすような生活をしていました。

―ヒッチハイクで放浪、いろいろなエピソードがありそうですね。
25歳くらいまでヒッチハイクをしていたのでいろいろな思い出がありますよ。長い距離を何台も乗り継いでいく中で、自分のそれまでの旅の話をいろいろな人にするんだけど、7台とか乗り継ぐと7回同じ話をすることになるから、だんだん話がうまくなっていく。その経験で話術がどんどん磨かれていったかな(笑)。親の立場なら「知らない人に気をつけなさいよ」と言いたくなるだろうけれど、そんなふうに旅をしていて、どちらかというと自分はいろいろな人から優しさを受けて、「知らない人は優しいな」と学んだように思います。同じことを今、自分の子どもにさせられるかというと、ちょっと分からないけどね。