くらし 〔あの頃から今へ〕おかげさまで広報かつしかは2000号を迎えました(2)

■こうして生まれた「立石さくら通り」
現在では多くの区民に親しまれる「立石さくら通り」は、広報かつしか第520号(昭和58年5月20日号)で名前を募集し、553通の応募の中から決定しました。
今回は、小学4年生で応募し名付け親に選ばれた大和田(旧姓井上)美由紀さんに、当時を振り返っていただき、お話を伺いました。

◇小学4年生で通りの名付け親に
母と一緒に考えて応募した名前だったので、選ばれたときに母は人一倍喜んでくれました。自分もうれしかったのですが、幼かったので周りの盛り上がりに対して戸惑いもあり、広報紙の写真撮影ではとてもドキドキしていました。

◇立石さくら通りへの思い
通学路として毎日通っていた道ですが、名前が決まってからは、やはり特別な気持ちになりました。建物は老朽化すると取り壊されたりすることもありますが、道はそこにある限り名前も残ると思うので、その名付け親になれたことをとても光栄に思っています。

◇今も葛飾は大切なふるさと
現在は区外に住んでいるのですが、葛飾に住んでいた頃の友人とは今も交流があり、区内で働く娘もいるので葛飾に帰ることがあります。
街並みがずいぶん変わったなと感じることもありますが、電車に乗って帰ってくるときに葛飾が近づいてくるとうれしくなりますし、今でも「葛飾」という名前を聞くだけでほっとします。葛飾は私のふるさとです。

担当課:広報課 
【電話】03-5654-8116