- 発行日 :
- 自治体名 : 東京都八丈町
- 広報紙名 : 広報はちじょう 2026年2月号
■この島で生きてきた漁師農家の人生
八丈島の暮らしは、自然と切り離して語ることはできない。
今回お話を伺ったのは、長い年月、農業や漁業を通してこの島を生きてきた人たち。
時代とともに景色が変わる中でも、変わらず続いてきた日々の営みと、その人生を、言葉とともに記録する。
■漁師
中学卒業後から漁師として人生を歩んできた豊倉貞夫さん。
その言葉から、八丈島の海と漁師の生き方をたどる。
▽父の背中を追い、自然と漁師の道へ
「父親が漁師だったからね。小さい頃から、漁師になりたいと思っていた。」
中学校を卒業すると、父の船に乗り、トビウオ漁に出る日々が始まった。18歳のときには自分の船を持ち、それ以来、海に出ない日はほとんどなかったという。
当時の船は、今とはまったく違っていた。焼き玉エンジンと呼ばれる古いエンジンは、動かすだけでも一苦労。それ以前は、櫓(ろ)で漕ぐ「櫓船」が主流で、遭難も珍しくなかった。
▽底どり漁と、大物との記憶
現在は、底どり漁でアオダイやオナガダイを狙っている貞夫さん。海水温が高いとアオダイ、冷水塊が来るとオナガダイが獲れる。海の変化を肌で感じながら、その日その日の海と向き合ってきた。
これまでで最も印象に残っているのは、190キロのクロマグロ。電動巻き上げ機がなかった時代、すべて人の手で釣り上げたという。今も鮮明に覚えていると話してくれた。
▽漁は、人生そのもの
「シケの時は大変だよ。若い頃は船酔いもひどくてね。昼飯を食べずに船で過ごす日もあった。」
漁師を続けてきた理由を尋ねると、貞夫さんはこう答えた。「漁はもう、人生そのものみたいなものだから。他のことはできないかな。」
たとえ魚が釣れなくても、海に出ていられるだけで楽しい。家にいるより、ずっと海を見て過ごしていたい――海のそばで生きられることこそが漁師の魅力だという。
▽変わってしまった海と気候
近年、感じているのは海の変化だ。
「テングサやサボテンみたいなサンゴも見なくなった。小さい魚もサバもいなくなった。」
海藻が減り、海の姿は大きく変わっている。それは海だけでなく、島の自然全体にも及んでいるのではないかと貞夫さんは言う。
「昔は八丈島でも毎年雪が積もったよ。今は降らなくなったし、鳥も減った。」
▽やっぱり海が好き
貞夫さんの姿から伝わってきたのは、「海が好きでたまらない」という、まっすぐな想い。そしてもう一つ――また魚がたくさん獲れる海に戻ってほしいという、願い。
この言葉と記憶が、次の世代へと受け継がれていくことを願いたい。
