文化 キラリ★中野のチカラ No.134

地域の未来を照らすみなさんを紹介します。

■シンガーソングライター ユサマチ
ゆさまち 中野市科野出身。高校時代から作詞を続け、これまでに約400曲を制作。活動名は本名“よしみつ”を一文字ずつ「あいうえお順」に繰り上げたもの。フォークデュオ時代に本名で活動していた自分から、一歩ステップアップしたいという思いを込めた。2023年に地元・長野へ拠点を移し、現在は妻とのデュオ「Yandy(ヤンディ)」としても活動中。

◇笑顔のきっかけになれる音楽を
「音楽は、どんな場所にいても人と心をつないでくれる。そんな力があると思っています。」
ユサマチさんが音楽の楽しさに気付いたのは小学4年生の時。担任の先生が朝の会でアコースティックギターを弾いてくれたこと、音楽会でビートルズを演奏した経験が強く心に残った。中学では吹奏楽部に所属し、『ゆず』に憧れて本格的にギターを弾き始め、歌詞を書く習慣もこの頃に生まれた。
高校入学後、軽音部がなかったため、掲示板を通じて相方を募集。社会人の相方とともに路上ライブへ挑戦し、放課後は長野駅前へと繰り出した。活動が広がる一方で、テニス部顧問に「テニスをやるか、路上ライブを続けるか」と迫られ、迷わず音楽を選んだことは、その後の人生を決定づける出来事だった。
大学進学後はサークル活動や学園祭に出演しつつ、SNSで本気の相方を探し続けた。大学4年の終わり、同い年の相方と出会い、二人組ユニットとして本格的に活動を開始。「25歳までに結果が出なければ解散」という約束のもと挑んだが、CD制作のトラブルや体調不良など、試練にも直面した。目標に届かずユニットは解散したが、ステージに立つと変わらず応援してくれるファンの存在が、ユサマチさんを再び前に進ませた。
現在は長野を拠点に、ライブハウスや地域イベント、いきいきサロンなど幅広い場で歌う。昭和歌謡を届ければ、お年寄りが一緒に口ずさんでくれる。「年齢を超えて心が通う瞬間」に、音楽の価値を強く感じるという。
地元での活動を広げ、「中山晋平さん、久石譲さんに続く長野のアーティストになりたい」と目標を語るユサマチさん。今日もその思いを胸に歌い続ける。