- 発行日 :
- 自治体名 : 静岡県函南町
- 広報紙名 : 広報かんなみ 令和8年1月号
▽畜産共進会とは
乳牛改良と酪農振興を図るために、育て上げた乳牛の審査を行うもので、明治後期頃から各地で開催されてきました。町では、明治35年に第1回が開催され、令和7年で第100回を迎えました。100回を超える共進会は全国的にもまれで、明治42年に三島市で第1回が開催された「静岡県産牛共進会(現:静岡県畜産共進会)」よりも長い歴史があります。町での共進会発足後、町内の酪農家が丹精を込めて育てた多くの乳牛が県や全国の大会で優秀な成績を収め、今日まで「酪農函南」の名を広めてきました。
▽函南の酪農
明治初期、実業家の仁田大八郎らが伊豆牛の改良を試みたことから始まりました。普通乗馬と乳用牛の繁殖のため、丹那の川口秋平の屋敷続きに伊豆産馬会社を設立し、その後定期的に牛馬の競り市を開催するなどして酪農の発展に貢献しました。当時は牛乳缶を天秤棒で担ぎ、山坂を超えて箱根や熱海、小田原まで運んでいましたが、乳量の多い丹那方面からの流通道路は極めて悪いものでした。これに頭を抱えていた丹那の住民が一大奮起し、大正4年から6年の歳月をかけて道路を改修し「通称:牛乳道路」を開通させました。丹那の地で酪農が盛んになったのは、昭和9年に開通した東海道本線の丹那トンネルの工事による渇水や農地の変化という逆境を糧に、丹那の先人達がさらなる酪農の道を拓いたことによります。
酪農家の熱い思いは代々受け継がれ、昭和30年に飲料用として「丹那牛乳」が生み出され、昭和の最盛期には町内に550戸を超える酪農家が存在しましたが、時代の移り変わりと共に酪農形態も変化を余儀なくされ、現在は12戸で伝統を引き継ぎ、約140年続く函南町の酪農の歴史を守っています。
▽地域の誇り、未来へ
共進会を通じて長い歴史の中で磨かれてきた技術と情熱は「丹那牛乳」というブランドとなり、今や町の顔となっています。いつも私たちの身近にある丹那牛乳は、町内外で長く愛され、県東部地域の学校給食でも提供されるなど、そのおいしさや新鮮さ、安全性は町の誇りであり、地域の大切な資源です。これからも酪農家と地域、そして行政が連携し、町の酪農を次の世代、未来へと繋いでいきます。皆さんもぜひ、この機会に丹那牛乳を手に取り、1杯の牛乳に込められた多くの酪農家の想いを身近に感じてください。
(参考文献:函南町畜産共進会100回記念記念誌、函南町誌中巻)
◆函南町酪農の歴史
▽明治
2年 県西部産の牛30頭を購入し、伊豆牛の改良を試みるも全滅
6年 洋種の牛を導入
14年 伊豆産馬会社を設立
16年 第1舟山牧場(桑原)で牛33頭、馬76頭を飼育し、改良に努める
18年 町で定期的に牛馬の競り市が開催される
35年
・第1回函南町畜産共進会
・郡立田方農林学校設立(現:田方農業高校)
▽大正
10年 販売先までの道路「丹那の牛乳道路」開通(現:熱函道路)
▽昭和
30年 飲用を目的として牛乳を製造販売開始
33年 学校給食で丹那牛乳を開始
44年 乳牛が2千頭を超える
▽平成
9年 酪農王国オラッチェオープン
▽令和
7年第100回函南町畜産共進会かんなみ牛まつり開催
◆畜産共進会100回記念かんなみ牛まつり
11月15日、酪農王国オラッチェで畜産共進会100回記念事業「かんなみ牛まつり」を開催しました。
利き牛乳のほか、トラクター乗車体験やバルーンアート、お菓子まきなど、子どもから大人まで楽しめるイベントで盛り上がりました。
▽ご協力ありがとうございました!
「かんなみ牛まつり」の開催にあたり、町として初の試みであるクラウドファンディングを実施し、開催費用の寄付を募りました。目標金額100万円に対し、91人から1,118,600円のご支援をいただきました。
◎審査のポイント
『審査の基準は…「牛乳をたくさん搾れる体型」』
▽背中はまっすぐ
▽えさがたくさん食べられる大きさの口
▽どっしりとした足
▽後ろから見た横幅が広い
▽後ろから見た乳房の幅が広い
◆インタビュー
内田牧場(Heart Rock Holsteins) 内田利光(うちだとしみつ)さん
明治時代から続く畜産共進会に参加でき光栄です。丹那で搾った生乳をそのまま「丹那牛乳」というブランドとして提供できることに魅力を感じています。「首都圏のスーパーで丹那牛乳を見つけたよ」という声を聞くのもうれしいですね。後継者不足などの課題もありますが、新規就農者の受け入れ体制の整備や丹那牛乳の魅力を発信することで次世代に継承していきたいです。
丹那牛乳は生産者一人一人がこだわりを持って生産している安心・安全な牛乳ですので、ぜひご賞味ください。
▽乳牛飼育戸数・乳牛頭数の推移

問合先:函南町畜産連合会事務局(産業振興課内)
【電話】979-8113
