くらし らしんばん

『昭和のひとコマ』

小山町長 込山正秀

12月中旬を過ぎた頃になると、中学校の先輩からさいと焼きの準備の声がかかった。学校が終わると家に鞄(かばん)を放り、一目散に集合場所に向かった。
お飾りは年明けに小学3、4年生が家々をリヤカーで回りながら集め、高学年は竹やぶから切り出した竹を長いまま、さいと焼きの場所に運んだ。
さいと焼きの大きさは竹の量で決まる。他の地区に負けないよう、集まり具合を探りにも行った。中学生にとって、さいと焼きは一大行事だった。大きい竹を探し、人里離れた竹やぶに昼間少人数で切り倒しに行き、暗くなってから運び出した。先輩から受け継いだ罪悪感のない悪しき伝統とでも言おうか。
集まった竹で見張り小屋を作り、練炭コタツを入れ、暗くなっても交代で見張り番をした。当日大人たちが組んだ竹の先に揺れる達磨(だるま)を見上げると、スリルを味わいながら大きなさいと焼きができることが誇らしく思えた。
その頃から半世紀余り。今は様式も変わった。ただ、この時代の経験は私にとってはかけがえのない学びの時間だったことは確かだ。