文化 柴田市長コラム 足下(そっか)に泉あり!vol.31

■魅惑の三島美学 ID:34636

世に文豪は数多(あまた)あれど、生き様も含め「美学」と言わしめる作家は、三島由紀夫以外には思い浮かびません。
若い方はご存じないでしょうが、昭和45年、彼は民兵組織「楯の会」隊員と共に陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地(現・防衛省本省)に赴き、東部方面総監を監禁、バルコニーで自衛隊員にクーデターを促す演説の後、自決をします。当時、世は高度経済成長期の真っ只中。日本を代表する文化人の衝撃的な最期は中学生だった私には理解不能ながら、日本中がザワザワと当惑しているように感じたことを思い出します。
当時の私は、『潮騒』しか読んだことがなく、これを機に『金閣寺』を手に取りました。ただ、文章の語句自体が難しい上に、主人公の心理描写も観念的で難解、残念ながら途中でギブアップの情けなさです。
事件を受けて、三島作品は微妙に社会から敬遠をされます。ただ、図書館でも普通に閲覧ができ、私は高校時代に再読を試みて、今度は強烈な印象と共に読破。三島文学の「美学」を確かに感じ取ったぞ的な高揚感(錯覚?)を得て、悦に浸っていたことを覚えています。
大学時代、酒を酌み交わしながら友人たちと取り留めもなく語り合う時、皆のリスペクトの対象は「太宰」でも「川端」でもなく、「三島」でした。
今年は、三島の生誕100年です。今も三島の美意識に魅了されたファンは多く、年月を経て、文化人やアーティストが自分は影響を受けたと公言できる時代になりました。
三島美学とは何か。日本本来の「美」という魅力的な幻想を、卓越した日本語力で作品に封じ込めた一方で、自らの精神と肉体までも「美」に昇華させるべく、無謀にも試みた不世出の天才の生き様そのもの、と今は総括しておきます。
若き時の夜通しの議論は、青春そのものでした。お正月には、『豊饒の海』を再読してみましょうか。