文化 文化財さんぽ(BUNKAZAI SANPO)Vol.46

■杖衝坂(つえつきざか)はどこにある?
内部地区の采女町にある杖衝坂のことは、皆さんご存じでしょうか。倭建命(やまとたけるのみこと)が、東征からの帰り道、疲れきって脚が三重に曲がったようだと嘆きながら登った故事が残る急坂です。ところが、「杖衝坂」とされる場所は岐阜県海津市にもあります。
「古事記」には、倭建命は伊吹山(岐阜県・滋賀県)から尾津(おづ)(桑名市多度町)に向かう途中の坂で杖を使ったと記されています。道順としては、海津市に杖衝坂があるのが自然です。しかし、伊勢神宮外宮(げくう)の神官である度延佳(わたらいのぶよし)は、江戸時代前期に著した「鼇頭(ごうとう)古事記」で、「伊勢の国に桑名郡から入るときは、尾津、三重(采女町)、杖衝、能褒野(のぼの)(亀山市)というのが現在の順路であると考える」と注釈しました。後に、郷土史家の安岡親毅(やすおかちかたけ)も「勢陽五鈴遺響(せいようごれいいきょう)」でこの説を支持しています。
果たして、倭建命が杖を突いて歩いたとされる坂はどこにあるのでしょう。もしかすると、今まで知られていない所かもしれません。あなたも杖衝坂を訪ねて、思案を巡らせてみませんか。

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