くらし [ハチオシ!]特別企画 公民連携で紡ぐオリンピアンから子どもたちへのメッセージ(1)

本市では公民連携を推進しており、その一環として、包括連携協定を締結している三起商行(株)[ミキハウス]所属のオリンピアン・清水希容さんにも、教育に関わる事業にご協力いただいています。今回は、清水さんの経験と思いを市内の子どもたちや市民の皆さんに伝えるため、特別企画として市長と教育長を交えたインタビューをお届けします。

・清水 希容(しみず きよう)
1993年生まれ、大阪府出身。ミキハウス(八尾市)に所属。空手女子形(かた)のトップアスリートとして活躍し、全日本選手権7連覇、世界選手権2連覇、アジア競技大会3連覇を果たす。2021年東京オリンピックでは銀メダルを獲得。2024年の競技引退後は、空手の普及や後進育成に力を注いでいる。

・八尾市長 大松 桂右(だいまつ けいすけ)

・八尾市教育長 浦上 弘明(うらがみ ひろあき)

◆清水さんの幼少期の思い出
司会:清水さんは小学3年生で空手を始められたと伺っていますが、それまではどんなお子さんでしたか?

清水:活発に遊ぶのが好きな子どもでした。自然豊かな環境で育ったので、山で遊んだり田植えをしたり、体を動かすのは大好きでした。

司会:自然の中で体を動かして過ごした経験が、今の清水さんにつながっているんですね。中学時代から空手で活躍しておられましたが、学校と空手の両立は大変だったのではないですか?

清水:授業が終わったら、放課後は誰より早く帰ってすぐ道場という生活でした。毎日18時から21時ぐらいまで練習していましたね。土日も練習や試合があったので、友達と遊びに行った経験があまりなくて。

司会:中学生で友達と遊べないというのは、自分で決めたこととは言え葛藤もあったのではないですか?

清水:もちろん遊びたい気持ちはありました。でも、中学1年で初めて全国大会に出場して、まわりのレベルの高さに驚いたんです。上には上がいることを知り、そこにいくには毎日努力し続けないといけないと感じました。友達との思い出も大切ですが、それ以上に空手に打ち込む気持ちが強かったんです。

司会:その努力が、中学時代の清水さんを大きく成長させたんですね。

清水:高校・大学時代も「結果を残せなかったら空手を辞める」と親と約束していたので、生半可な気持ちでは取り組めませんでした。その分貴重な経験ができたと感じています。

◆受験生の皆さんへアドバイス
司会:2月号の市政だよりが発行される時期はちょうど受験シーズンになりますが、清水さんの経験を踏まえて、これから受験を迎える子どもたちにアドバイスをいただけますか?

清水:受験でも競技でも、結果というのは必ず出ます。でも、結果にかかわらず努力してきた過程は、自分自身の力になります。私は日本一になるまで6年かかりましたが、その間の積み重ねが今につながっています。努力は決して無駄にならないので、目の前のことに一つずつ向き合ってほしいと思います。本番では、やってきたことしか出せないので、そこまでに何を準備するかが本当に大切です。本番では、やってきたことを信じて、臨んでほしいと思います。

◆「YAO iPPO(やお いっぽ)」と出前授業
司会:清水さんには大阪・関西万博で、本市の子どもたちの挑戦を応援するステージ企画「YAO iPPO」にもご出演いただきました。子どもたちのパフォーマンスをご覧になっていかがでしたか?

清水:とても暑くてステージ上は足が焼けそうなほどでしたが、子どもたちはそれを一切見せなくて。精神力の強さというか、普段からしっかり鍛錬していることがよく分かりました。パフォーマンスからも、意志を持って練習に取り組んでいることが感じられて、みんなすごく立派でした。