- 発行日 :
- 自治体名 : 兵庫県朝来市
- 広報紙名 : 広報朝来 令和8年2月号
■雪中の娯楽ースキーの歴史ー
2月6日から22日にかけて、ミラノ・コルティナ2026冬季オリンピックが開催されます。雪上・氷上競技を中心とする冬季オリンピックは、第1回から第16回までは夏季オリンピックと同年に開催されていましたが、第17回目からは夏季オリンピックと2年おきに開催されるようになりました。日本が開催地となった1972年札幌オリンピックと1998年長野オリンピックでの日本選手団の活躍を覚えておられる方も多いでしょう。
日本人選手が初めて冬季オリンピックに参加したのは、1928年(昭和3年)にスイスで開催された第2回冬季オリンピックです。参加種目はスキーのノルディック種目のみで、コーチを含めた計7名の選手団でした。結果は振るわず、日本がメダルを獲得するのは1956年コルチナ・ダンペッツォ大会の猪谷(いがや)千春選手を待たなくてはいけませんでした。
日本にスキーが導入されたのは、1911年(明治44年)です。同年1月、新潟県高田(上越市)に駐屯中の陸軍第13師団歩兵第58連隊において、オーストリア・ハンガリー帝国のレルヒ少佐が将校たちにスキー指導をしたのが始まりです。2回目以降は市民も対象にしたため、軍人のみでなく学生や女性にもスキー競技が普及していきました。レルヒの伝えたスキー技術は、ストック(杖)が1本の「リリエンフェルト式スキー術」でした。これは斜面を滑るアルペンスキーの初歩技術でしたが、1916年(大正5年)には遠藤吉三郎(北海道帝国大学教授)がヨーロッパ留学から2本のストックとスキーを持ち帰り、北海道からノルディックスキーが広まっていきます。
当初のスキー板は、細く切った竹の先を火であぶり曲げて作るお手製スキー板でしたが、需要が高まるにつれ職人などによるスキー板の製造が始まります。積雪地帯である但馬でも大正4年には氷ノ山や鉢伏山を中心に山岳登山スキーが始まりました。そして、戦後の高度成長期に空前のスキーブームがやってきます。オリンピックでの日本人選手の活躍やスキー場を舞台にした映画のヒットがブームを後押しし、都会からスキー客が押し寄せるようになりました。鉢伏高原でもゲレンデ・リフトが整備され、今に続く但馬のウィンタースポーツの中心地として整っていきます。昭和40年代には、朝来でも市民団体として朝来スキークラブや和田山スキークラブが誕生し、子どもから大人までスキーを楽しむ活動が今に続いています。
現在は娯楽の多様化などによりスキー人口は減ってきていますが、まだまだ毎年スキー場の積雪情報を楽しみにされている方もいらっしゃるでしょう。今年はオリンピックもありテレビなどでの観戦の楽しみもあります。ウィンタースポーツを楽しみながら、長い冬を乗り切っていきましょう。
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