文化 阿弥陀如来立像(西方寺)/神波多神社

■阿弥陀如来立像(あみだにゅらいりゅうぞう)(西方寺(さいほうじ))/神波多神社(かみはたじんじゃ)

場所:山添村大字広瀬(ひろせ)
年代:不明
説明:阿弥陀如来立像(あみだにょらいりゅうぞう)は昭和31年に山添村史作成のための調査により発見されました。足の柄(ほぞ)の外側に「巧匠安弥陀仏(こうしょうあんあみだぶつ)」の墨書銘(ぼくしょめい)があり、快慶(かいけい)の無位時代の作品とされています。快慶は、建仁3年(1203)11月には法橋位(ほうきょうい)に叙(じょ)せられているので、本像の造立はそれ以前ということになります。
本像は、像高98.5cmで構造は檜材の寄木造(よせぎづく)り、像表面には金粉が塗られ、目には水晶製の玉眼が入れられています。
作風を見ると、頬や胸・腹などの肉付けにデリケートな抑揚があり、また左肩から紐でつる袈裟(けさ)の彫出しも布の質感がよく現れているが、衣の襞(ひだ)は様式的に整然と構成され写実性様式性のほどよい調和が見られ、快慶の初期の作風をよく示す作品です。


場所:山添村大字中峰山(ちゅうむざん)
年代:不明
説明:神波多神社には除疫神である牛頭天王(ごずてんのう)が祭られており「延喜式(えんぎしき)」にその名が見られる古社であると考えられています。山添村では古くから「波多(はた)の天王(てんのう)さん」として親しまれてきました。
本殿は五間社流造(ごけんしゃながれづく)り、桧皮葺(ひわだぶ)き、礎石(そせき)建てで、千鳥(ちどり)と向唐破風(むかいからはふう)によって外観に変化を持たせた作りになっています。現在の社殿(しゃでん)は江戸時代に再建されたものと考えられ、棟札9枚と合わせて、奈良県指定文化財となっています。
毎年10月の第4土曜日には「天王祭り」が行われます。