文化 エーロさんに聞いてみようフィンランドのよもやま話

Eerolla on asiaa
フィンランド出身国際交流員による、フィンランドや邑南町の話

■第25回 フィンランドの外交:フィンランドとエストニア
▽フィンランドの隣国エストニア
今年の春(令和7年3、4月)はスウェーデンとロシアとフィンランドの関係について記事を書きました。今回はもう一つの隣国、エストニアを紹介します。フィンランド人にとってある程度の親近感を持てるエストニアは日本であまりよく知られていない国でしょう。日本で一番有名なエストニア人、2010年大相撲で大関に昇進した把瑠都(バルト)はエストニア人だとご存知でしたか?

▽フィンランド、エストニアの歴史
国語のエストニア語とフィンランド語は姉妹言語なので似ているところが多いです。両国がロシアから独立したのは3ヶ月以内(1917、1918年)です。バルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)の中、エストニアは一番北にあります。ノルウェー、スウェーデンとロシアのようにフィンランドはエストニアと国境を接しませんが、ヘルシンキからフィンランド湾の向こう岸にある首都タリンは近いです。1日12便程度の船は片道2時間で、日帰りも簡単にできます。特に夏にはフィンランドから買い物や観光の目的で日帰りや1泊滞在で行く人は多いです。
違いもあります。エストニアはデンマーク、ドイツ、ポーランド、などのような大国に支配され、長くスウェーデンの統治下のフィンランドよりは行政の変更と文化の紹介などが多かったです。また、1917年からずっと独立したフィンランドに対してエストニアは1940年にロシアにまた支配され、40年代の後半からソ連の一部になりました。フィンランドはソ連時代と国家レベルの共産主義も経験していません。エストニアは1991年から第二独立を得て、西洋国の一部になりました。

▽2国の協力関係
フィンランドとエストニアは1900年代からあらゆる協力をしてきました。第一次世界大戦の時、お互いはロシアとの戦いで数千人のボランティア軍団を送り出し、海軍からの防御も協働しました。ソ連時代に北エストニアの住民は、違法の機械でエストニアに禁止されたフィンランドのテレビ番組を見るのが通常でした。そして1988年からフィンランドの行政は密かに大金額でエストニアの独立を支援しました。90年代から協力は社会のあらゆる場面に広がりました。しかし、エストニアはフィンランドからもっと緊密な協力を呼びかけた時もあり、フィンランドはエストニアをもっと支援する余裕があったとも言えます。現在、エストニアはデジタル化の先進国として知られ、(スカイプもエストニア発祥!)教育にもデジタル化は最先端です。教育で有名なフィンランドはOECD学習到達度調査で最近トップから落ちていますが、エストニアの位置は2015年からずっとフィンランドを上回り、欧米国のトップを連続しています。エストニアは様々な方面でフィンランドを真似し、フィンランドの教育の成敗で学んだということも言われています。将来にエストニアは世界でどういうロールを取り、またエストニアとフィンランドの関係はどういう形で発展しているかは興味深いことです。
フィンランドに旅行する時、1、2日間を取ってヘルシンキからエストニアも訪れてみてください!