- 発行日 :
- 自治体名 : 岡山県吉備中央町
- 広報紙名 : 広報きびちゅうおう 2026年1月号 Vol.255
~町内にある文化財を探訪してみよう~
■妙本寺番神堂(みょうほんじばんじんどう)
国指定重要文化財(建造物)
▽解説
妙本寺番神堂は、室町時代中期の明応(めいおう)6年(1497年)、吉田神道(よしだしんとう)の長である吉田兼倶(よしだかねとも)が法華経(ほけきょう)を守護するものとして寄進したとされていますが、現存する建物は後の桃山時代の建築様式で、各種の絵模様、彫刻などに、桃山時代の豪華(ごうか)、華麗(かれい)な気風を見ることができます。形状・材質は、一間社流造(いっけんしゃながれづくり)、こけら葺(ぶき)、正面軒唐破風(のきからはふ)造りです。
現在のものは、昭和27年(1952年)に解体・修理されたものです。また、昭和56年(1981年)、平成15年(2003年)に屋根の葺替(ふきか)えや彩色の修復が行われています。
▽吉備中央町文化財保護委員からのワンポイントアドバイス
〔安達輝政(あだちてるまさ)委員〕
妙本寺で祀(まつ)られている三十番神(さんじゅうばんしん)とは、1ヵ月30日間、日々交替して国家や人々、あるいは仏法を守護すると信じられた三十柱の日本の神々をいいます。元々は、10世紀ごろの中国(五代十国時代)に始まったとされる仏菩薩(ぶつぼさつ)の三十日番台守護という思想が日本の仏教に取り入れられると、神道と仏教信仰が融合する神仏習合(しんぶつしゅうごう)思想と結びつくことにより、三十日番神信仰が誕生したといわれています。日蓮宗においては、日蓮の大曼荼羅(だいまんだら)に日本の神祇(じんぎ)を代表して天照大神(あまてらすおおみかみ)と八幡大菩薩がしたためられていますが、全三十番神の名が記述されるのは、日像(にちぞう)など孫弟子(まごでし)以後の曼荼羅(まんだら)や書状になります。
なお、寄進のきっかけとなった出来事については、令和3年(2021年)10月号の広報きびちゅうおうでご紹介しています。ぜひそちらも併せてお読みください。
