- 発行日 :
- 自治体名 : 広島県安芸高田市
- 広報紙名 : 広報あきたかた 令和7年12月号
■シリーズお城拝見第98回 輝元時代の郡山城(吉田町吉田)~紙上ガイド~
歴史民俗博物館 副館長 秋本 哲治
今年は毛利輝元をクローズアップしてきましたが、締めくくりとして紙上で郡山城をガイドします。
輝元時代の遺構の見どころを紹介しますので、ぜひ現地も歩いてみてください!
◇誕生の地?「尾崎丸」
現在、毛利元就墓所裏の登山道が整備されていますが、じっくり郡山城を楽しむには郡山公園から展望台経由のルートがお勧めです。展望台から15分ほど登ると、右手側に堀切があり、その下にある細長い平たん地が尾崎丸です。この尾崎丸は輝元の父、隆元が住んでいた場所と言われており、輝元が誕生し育った場所の可能性があります。祖父元就が暮らした山頂と麓との中間にあるため、便利な位置であったと思われます。
◇輝元時代の石垣跡!「御蔵屋敷」
尾崎丸からさらに登ると山頂の手前でもう一つの登山道と合流します。そこが通称御蔵屋敷で、ここから城の中心部になります。ここで目を引くのが石垣。元就ではなく、輝元の時代にこの中心部一帯に石垣が構築され、江戸時代初期に崩されたと考えられています。ただし、斜面に残る小石は裏込めの石で、表面に積まれていた大きな石(築つきい石し)の多くは地面に散乱しています。
◇輝元の屋敷「本丸」
御蔵屋敷からさらに登ると、すぐに見えてくるのが二の丸と本丸。本丸の北端は小高くなっており、そこが標高390mの山頂です。この一帯に元就が暮らしていましたが、元就の死後は輝元が入り、ここを中心として政務を行います。周辺からは多くの陶磁器類や瓦片などが見つかっており、輝元の屋敷の様子を伝えています。下りは元就墓所ルートで!
■歴史民俗博物館秋季企画展 没後四〇〇年記念企画展 毛利輝元の原点
会期:10/31(金)~12/8(月)
