その他 ふるさとふちゅう再発見

■第59回 府中が農村だったころ(19)〜府中町内の山(2)
府中町の山というと呉娑々宇山(ごさそうざん)を思い浮かべる人は多いでしょう。町の北東方にそびえる海抜682・2mの山で、町ホームページにも登山道を記した地図が掲載されています。町内には小学校5校と中学校2校がありますが、このうち5校の校歌に呉娑々宇山が歌われています。それだけ「ふるさと府中」を象徴する山なのでしょう。

『府中小学校校歌』(2番)
「呉娑々宇(ごさそう)の峰(みね)明(あき)らかに榎川(えのきがわ)水澄(みずす)むところ友(とも)よかたれよ大空(おおぞら)を行(ゆ)く雲(くも)にわが憧(あこが)れを望(のぞ)みと夢(ゆめ)をああ府中府中の名(な)と共(とも)に行(ゆ)こう行(ゆ)こうよ高(たか)らかに高らかに揃(そろ)う歌声(うたごえ)」(昭和22年、作詞・木下夕爾)

『府中東小学校校歌』(1番)
「呉娑々宇(ごさそう)のみどりのふもとたくましく身体(からだ)をきたえ身(み)につけるゆたかな心(こころ)くすのきの葉陰(はかげ)もしげれああ府中東小学校(ふちゅうひがししょうがっこう)」(昭和54年、作詞・清水高範)

『府中北小学校校歌』(3番)
「ごさそうのみねはそびえてふるさとの心こころはゆたか求(もと)めあうよろこび胸(むね)に学(まな)びやは明(あか)るく楽(たの)しああわが母校府中北小学校(ぼこうふちゅうきたしょうがっこう)」(昭和57年、作詞・野地潤家)

『府中中学校校歌』(1番)
「呉娑々宇(ごさそう)の嶺(みね)悠遠(ゆうえん)に湧(わ)く雲(くも)の歴史(ふみ)を抱(いだ)きて厳(おごそか)にそそり聳(た)ちたる朝(あした)には真澄(ます)める大気(たいき)夕(ゆう)べには紫匂(むらさきにお)ふこの山(やま)の山ふところに萌(も)え出(いづ)る我等(われら)しもとめ新代(あらたよ)の真理(まこと)にきほふ府中(ふちゅう)の学園(がくえん)府中の学園府中の学園」(昭和24年、作詞・住岡秋作)

『緑ヶ丘中学校校歌』(1番)
「呉娑々宇(ごさそう)の永久(とわ)なる緑(みどり)裾長(すそなが)く四方(よも)にたなびくいざ我(われ)ら溢(あふ)るる気力(きりょく)伸(の)びゆかむん究(きわ)めてゆかむん知(ち)の泉(いずみ)真理(しんり)の扉(とびら)澄(す)める瞳(め)に命輝(いのちかがや)き筆執(ふでと)りし真摯(しんし)な姿(すがた)あゝ緑(みどり)ヶ丘(おか)に聳(そそ)り立(た)つ我(わ)が学舎(まなびや)を仰(あお)ぎ見む(みん)」(昭和55年、作詞・岡つゆ子)

町内の団体や飲食店にも「呉娑々宇」の名を付すものがあります。府中町で呉娑々宇山は「おらが山」と言えるなじみ深い山です。ただ、呉娑々宇山の頂上は府中町にはありません。広島市安芸区畑賀町と東区馬木町の町境に位置します。遠くからそびえ立つ姿を仰ぎ見ることも地域で愛される重要な要素なのでしょう。

府中町文化財保護審議会委員
菅 信博