くらし 令和八年 年頭のご挨拶

・松野町長 坂本 浩

明けましておめでとうございます。町民の皆さまには、穏やかな新春をお迎えのこととお喜び申し上げます。旧年中は、町政運営に際し格別のご理解、ご協力を賜り、誠にありがとうございました。本年も引き続きよろしくお願いいたします。
昨年は、町制施行七十周年という松野町にとって節目の年でありました。人間に置き換えると、今の七十才はまだまだ働き盛りで、お元気な方もたくさんいらっしゃいますが、古来はとても珍しいものとして「古稀」と呼ばれ、お祝いの対象ともなっていました。これを、愛媛県内の自治体に当てはめてみると、市制、町制のスタートが、二十年前の平成の大合併となっている場合がほとんどで、それ以前から続いている松野町のような市や町は、やはり「稀」な存在であります。その長きにわたり、ふる里松野町を守り育てていただいた先人の皆様のご尽力、ご功績に、心から敬意と感謝を申し上げます。
松野町は、昭和三十年の三月に、吉野生村と松丸町が合併して誕生しました。当時の人口は九千八百人余り、子どもの数も多くて大変にぎやかだったと聞いております。その後、人口の減少や地場産業の衰退、災害の発生など数々の困難がありましたが、豊かな自然と温暖な気候風土、貴重な歴史文化資源などを活用し、地域の強く温かな絆を拠り所として、「森の国」というキャッチフレーズでまちづくりが着々と進められてまいりました。
特に、足摺宇和海国立公園の一角を占める滑床渓谷では、初代松野町長、岡田倉太郎氏の愛した言葉「この森にあそび、この森に学びて、あめつちの心に近づかん」を理念として、自然との共生による観光交流事業に取り組み、大きな成果を得ることができました。また、明治から大正にかけて活躍した俳人芝不器男、中世の城郭で国の史跡に指定されている河後森城、三百六十年も前に作られた重要文化財の目黒山形模型、さらには重要文化的景観や日本の棚田百選に認定されている奥内の棚田など、町内には貴重で重要な価値を持つ資源が伝承されていて、それらを地元の皆様とともにしっかりと保全、保護し、地域活性化と文化振興のために活用しているところです。「温故知新」、「不易流行」という言葉がありますが、その意味するところ、先人の過去の業績を見習いつつ、新しい価値を創造する、守るべきものと変えていくものを見極めて、そのふたつを調和させていく、そのようなまちづくりに、これからも町民の皆様とともに挑戦していくことを、新年を迎えるにあたり誓わせていただきたいと思います。
一方で、本町のように人口が少なく産業の集積に乏しい小規模自治体は、地方交付税など国や県からの財源に依存していて、まさに綱渡りの財政運営を強いられています。、昨年末の新聞報道にあったとおり、町の貯金にあたる財政調整基金が急激に減少しており、令和八年度の予算編成にあたっては、例年にも増して事業の厳選、事務の効率化、固定費の削減、そして場合によっては町民の皆さまにご不便をおかけし、我慢をお願いすることもあるかと思います。このような事態を招いたこと大変申し訳なく、皆様に心からお詫びいたします。ただし、防災や福祉、教育など生活に必要な事業は、財源をしっかりと確保して着実に実施するとともに、AIの活用などにより行政サービスの低下を最小限に抑える仕組みを構築してまいりますので、何とぞご理解ご協力をお願いいたします。
結びに、この松野町で穏やかな暮らしがいつまでも続くように、役場職員の総力を結集して、スピード感をもって地域の課題に立ち向かっていく所存でありますので、どうぞ皆様の温かいご理解とご協力を賜りますようお願いし、本年が皆さまと松野町にとって素晴らしい年になりますようご祈念申し上げ、年頭のご挨拶とさせていただきます。