くらし こちら、あんぱん室! 最終回(4)

Q:香美市もロケ地として選定されました。香美市での撮影の際、倉崎さんを含め制作陣やキャストの皆さんは、香美市に対してどのような印象を持たれていましたか?
A:2023年から取材を始め、やなせたかし記念館や先生のお墓など、香美市内を自分の足で歩いて回りました。ミュージアムからお墓まで数十分かけて歩いたこともあり、地域の風景や空気を肌で感じることができました。昔ながらの建物が残っている場所もあり、香美市ならではの魅力を強く感じました。私たちはどの作品でも“ロケーションの力”を大切にしていますが、香美市は東京のスタジオや近郊では再現できない空気感があり、本作のクランクインをこの地で迎えられたことは非常にありがたかったです。出演者の皆さんも香美市での撮影をとても喜んでいて、ロケ中だけでなく1カ月後や半年後にも「香美市から始められて本当に良かった」と口々に話してくれていました。役者にとっても、作品のスタート地点として大きな意味があったのだと思います。

Q:視聴者から反響の大きかったシーンや台詞があれば教えてください。
A:第6週の豪(細田佳央太さん)の出征のシーンですね。今でも「あの場面が一番好きです」という声を多くいただいていて、私たち制作側にとっても非常に思い入れのある、大切なシーンです。この場面は、物語のテーマのひとつである“与えられた命をどう生きるか”という問いを強く投げかけるものであり、また“自分の思いは、伝えなければ伝わらない”という普遍的なメッセージも込められています。だからこそ、あのシーンを通じて登場人物たちが互いに思いを伝え合うようになり、視聴者の皆さんにも、限られた時間の中でどう生きるか、どう思いを伝えるかを改めて考えていただけたのではないかと思います。

Q:倉崎さんにとって、「あんぱん」はどのような存在になりましたか?
A:一言で言うなら、「あんぱん」は私にとって“宝物”のような作品です。これまでにも「エール」など、さまざまな朝ドラに関わってきましたが、監督やプロデューサーとしての立場を超えて、ゼロから立ち上げるところから携わらせていただいたのは「あんぱん」が初めてでした。その分、より深く関わることができ、特別な思い入れのある作品になりました。また、これまでの人生すべてがこの作品に繋がっていたように感じています。自分自身、ずっと“どう生きるか”という問いに悩み続けてきた人生でしたし、やなせ先生の「アンパンマンのマーチ」の歌詞にある「何のために生まれて、何をして生きていくのか」という言葉は、10代の頃からずっと心に残っていたものです。人の感情を揺さぶるような作品を生み出したいという思いが、自分にとっての一番の幸せであり、ドラマという仕事を続ける意味でもあると改めて気づかせてくれた作品でした。

Q:これから、どのような作品を手掛けていきたいですか?
また、放送決定から応援し続けてくれた香美市のみなさんに一言お願いします!
A:これからも、人の感情を深く揺さぶるような作品を作っていきたいと思っています。そしてそれを、日本だけでなく世界中の人々にも届けられるような作品を作りたいと思います。最後になりますが、香美市の皆さんには、収録期間を含めた1年間、本当に温かく見守っていただき、心から感謝しています。皆さん一人ひとりの応援が、私たちの背中を押してくれましたし、“一緒にこの物語を作っている”という気持ちにさせていただきました。これからも皆さんの日常の中で、「あんぱん」がどこかに存在し続けてくれたら嬉しいです。本当にありがとうございました。そして、これからもよろしくお願いいたします。

◆あんぱん室(やなせたかし先生顕彰事業推進室)より
昨年の広報8月号から掲載してきた特集「こちら、あんぱん室!」を毎月楽しみにしていただき、本当にありがとうございました。皆さんの温かい応援と活動が、香美市の盛り上がりにつながりました!連続テレビ小説「あんぱん」の放送は終わりましたが、やなせたかし先生の顕彰はこれからも続いていきます。
また、本特集も今月号で最終回となりますが、やなせたかし先生や「あんぱん」に関する話題があれば、引き続き広報香美でお届けしますので、これからもどうぞよろしくお願いします。ほいたらね~!