- 発行日 :
- 自治体名 : 福岡県朝倉市
- 広報紙名 : 広報あさくら 第419号(令和8年1月号)
市内の歴史遺産のロマンを追いかけるシリーズ
■四十一.蜷城をめざして「蜷城」の由来と美奈宜神社(2)
美奈宜神社は式内社(しきないしゃ)に含まれます。式内社とは、平安時代の「延喜式神名帳(えんぎしきじんみょうちょう)」に記載されている神社のことです。全国に式内社は3132社存在し、朝倉市郡には志波の麻氐良布(まてらふ)神社、弥永の大巳貴(おおなむち)神社が式内社として存在しています。
神功皇后2年(202)、三韓征伐を果たして帰国の途についた神功皇后は、行軍の中で戦勝を祈願した素戔嗚命(すさのおのみこと)、大己貴命(おおなむちのみこと)、事代主命(ことしろぬしのかみ)三柱の神を祀る場所を探すため、肥前高橋の津から白鷺を放ったところ、下座郡に着地しました。皇后は、その着地点の近くで最も良いとされる場所に三神を祀る社を建てました。
このことが美奈宜神社の始まりと伝えられます。その後、神社名が蜷城(になぎ)から美奈宜(みなぎ)となり、現在の姿になったと伝えられています。(参照:美奈宜神社HP)
問合せ:市文化・生涯学習課
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