文化 つなごう!未来へ 島原半島ユネスコ世界ジオパーク

■大漁への感謝を刻む石碑
~松本栄三郎さんが建てた鰡供養塔~
島原市有明町大三東地区の海岸を歩くと、「鰡(ぼら)供養塔」と刻まれた石碑が建っています。文字どおりボラを弔うための碑ですが、その建立には地域の歴史的な出来事が関わっていることをご存知でしょうか?
有明海に面した島原半島沿岸では、古くから「スクイ」と呼ばれる潮の干満差を利用した定置漁法が盛んに行われていました。この漁法は、自然の力を生かしながら生活の糧を得る、地域の知恵の象徴でした。明治12年(1879年)1月2日の早朝、そのスクイの一つに、かつて例のないほどの大群のボラが入り込みました。その量は実に約140トン。想像を絶する大漁に、浜には多くの見物人が集まり、地域の人々は総出で引き揚げにあたりました。作業は4日間におよび、地域の一大騒動となったと伝えられています。のちに「ボラどん」と呼ばれることになったスクイの所有者である松本栄三郎さんは、ボラに対し感謝の心を示したいと考えました。そしてちょうど2年後の明治14年(1881年)の正月、魚霊を慰め、自然の恵みに報いるために「鰡供養塔」を建立しました。その土台には、当時スクイで使われていた丸石が据えられ、往時の姿を今に伝えています。
現在、このボラを捕らえたスクイは姿を消していますが、この出来事は地域の民話として、今も小学校などで語り継がれています。「鰡供養塔」は、ただの石碑ではなく、地域の記憶を象徴する文化遺産といえるでしょう。

問合せ先:島原半島ジオパーク協議会
【電話】65-5540