文化 わがまち再発見『文化財のみかた』第21回

■新発見資料(1)~丸鞆(まるとも)~
今月は、国指定史跡矢立山古墳群(厳原町下原)で採集された丸鞆をご紹介します。矢立山古墳群は、古墳時代終末期(7世紀後半頃)に造られた3基の古墳で構成されます。当時の日本は、6世紀半ばに大陸から仏教が伝来し、大化の改新の一環で「薄葬令(はくそうれい)(※)」が出されるなど、古墳時代までの葬送儀礼が大きく変革していく時期でした。本古墳は、墳形や石室の形、出土遺物などから、中央政権と強いつながりを持った人物らが埋葬されていたと考えられています。
2年前に職員が巡視中に偶然発見した丸鞆は、その後の平安時代に使用されたとみられます。緑が入った硬質の石材を加工し、表面は丁寧に研磨され、光沢があります。裏面には帯本体に取り付けるためのひもを通す穴があけられています。ほかにも長方形のものや帯先用の装飾具もありますが、このような楕円形の下半分を直線的に切り取った形のものは、丸鞆と呼ばれます。石材や形などは、平安京跡で見つかったものとよく似ています。詳しい調査・分析はこれから行うことになりますが、古墳が造られなくなった後の時代にも、この場所で中央政権と強いつながりを持った人の儀礼が継続して行われていた可能性が考えられます。
この丸鞆は、古墳の造営が終わりを迎えた時代の葬送儀礼の様子を示すものといえるかもしれません。

(※)薄葬令…従来の盛大な墳墓の規模や葬送儀礼を身分に応じて制限し、簡素にしようとした法律。

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