- 発行日 :
- 自治体名 : 熊本県阿蘇市
- 広報紙名 : 広報あそ 2025年10月号
■変わる通学路 変わらない背中
かつては、生徒たちの笑い声がにぎやかに響いていた通学路。
今では、通る姿もまばらになりました。
そんな静けさの中、毎朝変わらずに立ち続ける人がいます。
変わりゆく時を見つめるその背中は、まるで時をつなぐ灯のようです。
朝の空気が、頬をきゅっと引き締めるように冷たく感じられます。まちはまだ静かで、鳥の声も遠慮がちに聞こえてくる時間です。
その中で、一本の赤い誘導棒を手にした岩下宗則さん(西2区)が、横断歩道の前に立っていました。ここは、阿蘇中央高校・阿蘇校舎のすぐそばにある市道です。
○響く「おはよう」の声
時計の針が8時を回るころ、少しずつ、高校生たちが姿を見せ始めます。「おはようございます」。岩下さんの明るい声が、朝の空気を揺らします。しかし返ってくる声は、まばらです。かすかに、小さな「おはよう」が風に乗って届きます。
○にぎやかだった通学路
けれど、かつてはまったく違っていました。
今では想像もつかないほど、この道はにぎやかだったそうです。登校時間になると、国道57号から続く坂道には、生徒たちの長い列ができていました。制服の群れがゆっくりと、しかし力強く、未来へと歩いていたのです。
「昔は汽車で来る生徒さんたちでいっぱいだったんですよ」。
そう語る岩下さんの目には、当時の光景がはっきりと浮かんでいるようでした。
○少しずつ、静かになる朝
いま、その列は細くなり、登校のピークを過ぎると道はすぐに静けさを取り戻します。空気の中に、かつての足音だけがかすかに残っているようです。
それでも、その静けさの中には、変わらないあたたかさがあります。
○言葉を越えて届くもの
「毎朝立っていてくれてありがたいです。あいさつをされると元気が出ます」。
そう話してくれたのは、阿蘇中央高校・阿蘇校舎の生徒さんです。
岩下さんは、少し照れくさそうに笑ってこう言います。「元気をもらっているのは、むしろこちらの方なんですよ」。
○静けさの中にある祈り
35年間、変わらずこの場所に立ち続けてきた岩下さん。その背中を通り過ぎる生徒の数は、年を追うごとに少しずつ減ってきました。聞こえてくる「おはよう」の声も、以前ほどは響かなくなりました。
まるで、時間が音や気配を、すこしずつ洗い流していくようです。
それでも岩下さんは、明日もまたこの場所に立つつもりです。
「なるべく続けていきたいと思っています」。
○変わらない背中が教えてくれること
見守ることは、ただの習慣ではありません。言葉にしなくても、誰かの存在を受け止める行為には、祈るような力があります。
そして、その思いは、きっと生徒たちの心にも届いています。朝、何気なく交わすあいさつ。その奥に、誰かを支えるまなざしがあること。それが、言葉以上に伝わる瞬間があります。
まちが少しずつ変わっても、変わらずにいる人。その姿は、目立たなくても、深く、心に残るのです。
■阿蘇中央高校から感謝状が贈られました
交通指導員※として阿蘇中央高校生の安全・安心な登校を献身的に支えてきた岩下宗則さんに2月28日、阿蘇中央高校から感謝状が贈呈されました。
岩下さんは、普段は高校付近の横断歩道で交通指導をされており、通学する生徒一人ひとりに挨拶をしたり、声かけなどを行っています。
その他にも37年間わたり街頭指導やイベントなどにおける交通指導を務め、交通安全の推進に貢献しています。
※交通指導員は、毎月の街頭指導をはじめ、交通安全運動期間中の活動やイベントなどにおける交通指導を行っています。
