文化 ふるさとの文化財探訪 第138回

~人と自然が紡ぐ茅葺きの知恵~

文化財調査員 中谷 康治

茅葺(かやぶ)きの屋根は、自然と共に生きてきた先人の知恵と技が息づく伝統建築です。
ススキやチガヤなどの茅を乾燥させ、束ねて何層にも重ねることで、風を招き、陽をやわらげ、雨をいなしながら、四季のうつろいと共に呼吸する屋根が生まれます。自然の理にかなったこの構法こそ、里山の暮らしが育んだ“日本の知恵”といえるでしょう。茅葺き屋根には、建物を守る機能だけでなく、人々の暮らし方や自然との関わりが深く刻まれています。
かつてはどの農村にも当たり前のように見られた茅葺き屋根も、生活様式の変化や茅場の減少、そして職人の高齢化により、今では大変貴重な存在となりました。こうした文化的・歴史的価値を未来へ伝えるため、国や自治体では茅葺き建築を「重要文化財」や「有形文化財」に指定し、専門職人による保存修理が進められています。
令和2年(2020年)には、茅を刈り、選び、束ね、屋根を葺き上げる一連の技術が、「伝統建築工匠の技」としてユネスコ無形文化遺産に登録されました。草一本から力強くも美しい屋根をつくり上げる日本の繊細な手仕事と美意識が、世界に認められた証です。
大分県にもこの伝統を受け継ぐ建物が残ります。日田市の行徳家住宅(国指定重要文化財)は、江戸時代の豪農の邸宅で、重厚な茅の屋根と見事な梁組が当時の職人の知恵と技を今に伝えています。九重町や湯布院にも、茅葺きの意匠を生かした家屋や町並みが残り、地域の景観に深い趣を添えています。
茅葺きの家は、単なる古い建物ではなく、「人の記憶」を宿した建築です。自然の恵みを生かし、手をかけ、技をつなぎ、次の世代へ受け渡していく─その営みの中にこそ、文化を生かし続ける力があります。茅の香ただよう屋根を見上げると、時の流れさえ穏やかに感じられ、そこにあるのは自然と共に生きようとした人々の祈りのような営みです。